【ショートショート】 ジョージ・スタンフォードの水平線 《せりふ三題噺2本目》
昨日投稿した三題噺が我ながらワケわからん内容過ぎたので、同じお題でもう一つ書いてみました。
よろしければ…😅
生暖かい潮風と鳶が戯れる海岸沿いを歩く。まだ梅雨の前だが日差しはかなりキツい。季節外れだと抗議したいのだろう波はやや荒れて打ち寄せている。
高校からの帰り道、たまに遠回りをしてここを通る。今年3年だが進学はせず、来年からは働く予定。そうしたら海なんてあまり見に来れなくなるかもと思うと、自然と足が向く。
この海岸通りには一軒の古い商店がある。古いんだからこんなもんでしょと言わんばかりに堂々と塗装が剥がれた見窄らしい外観で、決して愛想のいいわけではないおばちゃんが一人でやっている。
海に来たときはそこで女子高生らしくグミを買う。駅近のコンビニでも買えるが、概ね棚の半分が空になっているおばちゃんワンマン商店にも絶えずグミは置かれていて、なんでグミだけはいつもあるのと聞いたら、子供はだいたい好きだからね、と特に関心もなさそうな口調でおばちゃんは答えた。
ちなみにグミとともにいつもあるものがもう一つ。店先に立てかけられた花柄の傘。白地にピンクと紫の朝顔が描かれているが、長いこと入口の横に寄りかかったままでかなりヤケてしまっている。私がこの店に来出したときには既に重鎮のような佇まいで、これもおばちゃんにいつからあるのと聞いたが、誰かが忘れていってとりあえずそのままにしている、というやはり関心の薄そうな返事だった。
にしても、保管場所もうちょい考えてやれよと思うが、傘のほうも諦めたのか、最近はもう憮然とした態度で店先に存在しているように見えてしまう。
買ったグミを頬張りながら、まだ夕陽の手前の海岸線をフラフラする。あの傘は持ち主とどんな別れ方をしたんだろう、なんて考えながら。
なんだかんだ言っても、この時間が一番気ままだ。高校から施設に戻るまでの、この時間。適当に陽と風を浴びて、適当におばちゃんと喋って、適当にグミを買い食いして、適当に鳶にタカられても、ほぼほぼ誰も見ちゃいないだろうっていうこの時間。
小6のとき、母親は男を作って出て行って、父親はそれまでいろんな仕事を転々としてたけど、アル中の完全体となって無職。養育能力なしの判定で晴れて施設行き。高校でも施設でも、問題ないですと適当に話を合わせる。人と適当にやるのは難しくて疲れると、両親を見てきて散々知っている。
いくつめかのグミを口に入れたとき、前方の砂浜に同じ高校の制服を着た男子が見えた。立ったまま、ずっと海を眺めている。
あ、今井くんだ。
去年と今年、同じクラス。日頃接点はあまりないが、柔道部でがっしりした体格をしている。
で、おそらくクラス随一のマイペース人間。ワイワイしていたかと思えば、分厚い本を熱心に読んでいたり、急に小難しいことを喋り出したり。
自由で楽しそう。そんな特権を集団生活の中で一人だけ与えられた、選ばれし今井。そう思うと、少し羨ましく感じるときもあった。
そんな自由人でも黄昏れることがあるんだろうか、と思いながら姿が近づいたとき、フリーダム今井が急に振り返って目が合った。そして右手を直角に挙げ、「よっ」と挨拶してきた。
私は思わず、顔を下に向けた。
いや、待て…なんだその親しげな掛け声とは真逆の、初めて会った人を見るようなキョトンとした表情は?
通り過ぎようと思ったけど、なんだか面白かったので階段から砂浜に下りて聞いた。
「何してんの?」
「えっ? あぁ、ウミヘビが見えないかなって」
おぉ…さすがフリーダム今井。のっけから想定外の答えだ。
「ウミヘビ? クジラとかじゃなくて?」
「クジラはこの辺りにはいないよ。ウミヘビって言っても大ウミヘビ。何十メートルもある。未確認巨大生物ってやつ」
うわー、なるほど。
「あれでしょ? UMAってやつでしょ? でもそんなの本当にいんの? 実物捕まえましたって話、全然聞かないじゃん」
「確かに話題作りのフェイクも多いね。だから比較的統一性があって信用できそうな目撃例とそうでないのを分ける。大ウミヘビは軍との遭遇例が多いんだ。実名で報告した人もいる。ジョージ・スタンフォードっていう少佐」
「ふ〜ん。酒飲んでたとかじゃなくて?」
「だったら余計に言わないよ。将校だし。将校が酒飲んでそんな作り話実名で報告したら立場マズくなるだけでしょ」
「うーん…まぁそうか」
ようやく夕陽っぽくなった光と、わかりやすいノスタルジーを乗せた水平線の向こう。
本当に見たのか、ただ見たいと思っただけなのか。
「地平線のこっち側なんて、見たくないもんばかりだしね」
ふと、そんな言葉が出てしまった。
「そうかな? あそこの電線見てみて」
指さされたほうを振り返る。電線に二羽のカラスがぴったりと寄り添って、海を向いている。
「この時間、だいたいああしてイチャついてるんだよ。あいつら、陽が沈むときが一番ロマンチックだってちゃんとわかってる。ビーチャーって人が言ってた。人間が黒い翼と羽毛を持っても、カラスほど利口にはなれないだろう、って」
カラスを眺めながら考える。
あぁ、それはそうかも。ここまで今井くん、キミの口からはロマンチックのロの字も出てこないしね。
「うん。それはなんとなくそうかもね。あ、よかったらグミ食べる?」
「あ、いいの? ありがとう」
袋から適当にグミを摘む。
「はい、口開けて」
えっ!?と少し戸惑って開いた自由人の口にグミを運ぶ。
モグモグ。
「で、感想は?」
「めっちゃブドウ味」
今度こそ笑ってしまった。
「なにそれ!? 急にボキャブラリー、ゴミじゃん!」
恥ずかしそうな表情で、なおモグモグする今井。
海に沈む夕陽。風は凪いできた。沖に一隻のヨットが浮かんでいて、変わらずにカラスはイチャついている。私たちの周りの世界だけ、こんなにもロマンチックにちゃんと浸れている。
今度店に行ったら、おばちゃんにあの傘もらっていいか聞いてみようかな。
それと、フリーダム今井ってなんか売れないマジシャンみたいなあだ名を勝手につけてゴメン、と私は心の中で謝った。
例え人間が翼を持ち、黒い羽毛を纏ったとしても
カラスのような利口者にはなれないだろう
ヘンリー・ウォード・ビーチャー
お題
せりふ:で、感想は?
三題:傘、グミ、地平線
