「腺様嚢胞癌です」と言われた日、私が泣けなかった理由〜子どもたちの顔が、最初に浮かんだ〜
結果を聞きに行ったのは、検体採取から3週間後。
診察室には両親も一緒に来てくれました。
先生は真剣な顔で、静かにこう切り出しました。
「腺様嚢胞癌という、がんです。サイズも大きい。すぐに大学病院を紹介します」
その瞬間、自分の中で時間が止まりました。
「がん……?」「私が?」「ステージ…?」
いろんな言葉が頭の中をぐるぐる駆け巡るのに、現実感がまったくなかった。
だけど、その中で真っ先に浮かんだのは、子どもたちの顔でした。
まだ小2と小4。ママママといつも頼りにして甘えてくれる2人。
「この子たち、どうするの? 置いてなんていけない。死ねない」
そんな思いが、一気にこみあげてきました。
そして次に思ったのは、
「親にこれ以上、悲しい思いをさせたくない」ということでした。
だから私は、泣きませんでした。
怖いのに。
すぐにでも取り乱したいのに。
本当は、その場でワッと泣き崩れたかったのに。
私は「母」として、「娘」として、その場で冷静なふりをして、
先生に治療のこと、転院のこと、スケジュールなどを質問していました。
でも、心は冷静なんかじゃなかった。
診察が終わって、歯の調整のために母と父が別の部屋に行ったそのとき──
私ひとりになった瞬間、震えながら涙があふれました。
こわい。
本当にこわい。
死にたくない。
まだ子どもを抱きしめていたい。
未来を見たい。運動会も、卒業式も、反抗期すらも。
泣きながら、心の中で何度も何度も繰り返しました。
「でも、私は死なない。死ねない」って。
そうやって、なんとか気持ちを立て直して、
私は大学病院での治療に向けて動き出しました。
そのときの私を今、客観的に見返すと、
「よく踏ん張ってたな」と思います。
でも、それは私ひとりの力じゃなかった。
子どもたちがいたから。
彼らが、私の背中を押してくれていました。
まだ何も知らないあの子たちの存在が、
私の命のスイッチを“生きる方”に入れてくれたのです。
