見出し画像

【短編小説】直角の羊


 美ヶ原高原に来たのは、完全に消去法の結果だった。
 海はもう飽きた。山はきつい。温泉地は一人だと妙に侘しい。そんな私の消極的な条件をすべてかいくぐった場所が、ここだった。友人の奈津に「とにかくどこかに行きなよ」と半ば突き飛ばされるようにして、私は松本行きのあずさに乗り込んだのだ。
 七月の末。三十四歳。バツイチ。フリーター。
 三つ並べると、まるで履歴書の「特記事項」欄みたいだと思う。しかも書いた本人がいちばん首をひねっている。
 松本から路線バスに乗り継いで約一時間。標高二千メートルの台地に着くと、空気がすっと変わった。七月だというのに、頬に触れる風は涼しく、どこか秋の気配を帯びている。東京のあのねっとりとした暑さが嘘みたいだった。バスを降りた瞬間、私はひさしぶりに肺の底まで息を吸い込んだ。空気というのはこんなに味がするものだったか、と少し驚いた。草の青さと、土の湿り気と、どこかで咲いているらしい花の薄い甘さ。贅沢なカクテルである。
 視界の果てまで、遮るものが何もなかった。丘がなだらかに起伏しながら続いて、その向こうに北アルプスの稜線が薄く浮かび上がっている。空は東京の空よりも一回り大きく、雲が低いところをゆっくりと流れていた。牧草地は光の角度によって黄緑や深緑に揺れ、風が吹くたびに一面がさあっとうねった。まるで海みたいだと思った。草の海。私はそこに突然放り込まれた、少し途方に暮れた魚だった。
 宿は王ヶ頭近くのペンションを取った。オーナーの夫妻は七十代で、二人とも無口だったが、出してくれる夕食は黙って食べるのがもったいないくらい美味しかった。初日の夜、信州牛のすき焼きを前にして、私は久しぶりに「ありがたい」という感情を思い出した。感謝というより、もっと根っこのあたりにある、じんわりとした温かさだ。
 羊と出会ったのは、翌朝のことだった。



 朝食後、特に目的もなく高原を歩いていた私は、牧場の柵に沿って緩やかな丘を下りていた。
 七月下旬の朝、美ヶ原の光は独特だ。平地の夏の光とは質が違う。薄い大気の中を真っ直ぐ降りてくるせいか、影がくっきりと濃く、光の当たっている部分は白く飛び出して見える。牧草地に伸びた牛や羊の影が、まるで細い黒絵具で引いたみたいに鮮明だった。牧草は朝露を含んでいて、踏みしめるたびにくちゅりと小さな音を立てた。
 そのとき、柵の角に奇妙な塊を見つけた。
 最初は、誰かが古いセーターを柵に引っかけたのかと思った。白くて、丸くて、もこもこしていたから。
 近づいてみると、羊だった。
 一頭の白い羊が、柵の角――二本の支柱が直角に交わっている、まさにその角の部分――に体をぴったりと押しつけて、じっと立っていた。片側の柵に左の肩を、もう一方の柵に右の肩を、きっちり九十度の角度で預けている。まるで測量士が「ここが直角です」と証明するみたいに、正確に、几帳面に。
 しかし何より目を引いたのは、その見た目のふしぎな迫力だった。
 毛がとにかく多かった。モコモコという擬態語がこれほど正確に当てはまる生きものを、私はほかに知らない。頭から背中にかけて、白い羊毛がてんこ盛りに盛り上がっていて、まるで誰かが雲を一塊、無理やり羊の形に押し込んだみたいだった。毛の密度が高すぎて、輪郭がふわふわと定まらない。風が吹くたびに表面がさわさわと揺れて、光を受けてかすかに光った。朝の横光の中で、その白い毛並みは眩しいくらいだった――もしも羊に光輪があるとしたら、こういう見た目だろう。 牧草地を振り返ると、ほかの羊たちが点々と草を食んでいた。みんな、羊といえば羊だ。でも、なんというか、くすんでいた。生成り色というか、土埃を吸い込んだというか、羊本来の「白さ」より少し手前のところで落ち着いている色だ。生活感のある白、とでも言えばいいか。その羊だけが違った。その白は、なぜかその「手前」がなかった。ただ、白かった。理不尽なほど、白かった。
 ツノがあった。小ぶりだが、根元がしっかりとした、左右対称のスパイラル状のツノで、頭の両側からくるりと巻いて半回転したところで止まっている。毛の海から二本の巻き貝がにゅっと生えているみたいで、正直なところ少し怖い。いや、怖いというより、神話的だった。牧場の柵の角に立っている白いもこもこの羊が、なぜかギリシャの神殿の彫刻みたいな威厳を持っていた。
 そして目だ。
 羊の目というものを、これほどまじまじと見たのははじめてだった。横長の瞳孔が、黄みがかった虹彩の中にすうっと引かれている。それ自体はどんな羊にもある、ごく普通の構造のはずなのに、その目には何か別のものが宿っていた。深さ、とでも言えばいいだろうか。濡れた黒石みたいな光沢があって、その奥に何かが静かに沈んでいる感じがした。
 草を食べているわけでも、眠っているわけでも、何かを怖がっているわけでもなさそうだった。ただ、そこにいた。直角の中に、すっぽりと収まって。
 私がじっと見ていると、それはゆっくりこちらに顔を向けた。そして、まばたきをした。
 その一回のまばたきに、私は完全に持っていかれた。
 うまく説明できないのだが、あの瞬きは普通じゃなかった。まぶたが降りて、また上がる、それだけの動作なのに、その一瞬の暗転の中に何かが含まれているような気がした。あなたのことを見ている、とも、あなたのことなど見ていない、とも取れる、静かな確信のようなもの。私はしばらくの間、その目から目を離せなかった。
「……何してんの、あんた……」
 思わず声に出してしまった。羊は私をもう一度ちらと見てから、また正面を向いた。哲学者の顔だった。
 しばらくその場に立ち止まって観察していると、後ろから声がかかった。
「珍しいでしょう」
 振り返ると、麦わら帽子をかぶった老人が立っていた。ペンションのオーナー夫妻と同世代くらいだろうか。日に焼けた顔に細かい皺が刻まれていて、目だけがやけに若かった。
「牧場の方ですか」
「そうです。この牧場の者です。あの羊、気になりますか」
「気になります。あそこで何をしているんでしょう」
 老人は少し笑った。笑うというより、顔の皺の配置が変わった、という感じだ。
「さあ。昔からああなんですよ。朝になるとあそこに行って、昼頃まであそこにいる。草も食べるし、ほかの羊と一緒に動くときもある。でも、朝はああやって、あの角に収まっていたいらしい」
「理由は?」
「羊に聞いてみたことないんで」
 老人はそう言ってにやりとした。私もつられて笑った。
「名前はあるんですか」
「ピタゴラスって呼んでます」
 ”直角”だもの。私は口の中で繰り返した。なるほど、正しい命名だと思った。


二日目


 ピタゴラスに会いに行くのが、翌日からの習慣になった。
 毎朝七時頃、ペンションで朝食を済ませてから牧場へ向かうと、ピタゴラスはきっちり例の場所にいた。柵の角に体を収め、遠くを見ている。私はその数メートル手前に腰を下ろして、彼を眺めながらコーヒーを飲んだ。ペンションのオーナーが貸してくれたキャンプ用の折り畳み椅子に座って、ステンレスのマグカップを両手で包んで。
 朝の高原は光の変化が速かった。夜明けから一時間もすると、朝日は一気に高度を上げて、牧草地全体を斜めから照らし出す。その時間帯のピタゴラスは、まるでスポットライトを浴びているみたいだった。
 白い毛並みが、朝日を受けてきらきらと光った。光の粒が毛の一本一本に乗っているみたいで、ピタゴラス全体がぼうっと発光して見えた。逆光になると輪郭がオレンジ色に縁取られて、もこもこした塊がまるで灯台みたいに柵の角に立っていた。あの左右対称のツノも、その角度から見ると後光みたいに光を受けて輝いている。羊なのに、なぜこんなに威風堂々としているのか。


三日目


 雲の切れ間、朝の太陽が一気に顔を出したとき、白い毛がぱっと眩しく弾けた。ピタゴラスは微動だにしなかった。
「あんた、まぶしくないの」
 私が声をかけると、ピタゴラスはゆっくりこちらを向いて、まばたきをした。
 またあのまばたきだ。まぶたが降りて上がる、たった一瞬の暗転。でもその一瞬に、何かが詰まっている。まぶしいものはまぶしい、でも私はここにいる、とでも言うように。あるいは、まぶしいも何も、これが私の朝だ、とでも言うように。ここにいることを、選んでいる。
 私はコーヒーを一口飲んだ。高原の朝はひんやりしていて、マグカップの温度がちょうどよかった。
 選んでいる、か。
 その言葉が、しばらく頭の中を転がった。

 私が結婚をしたのは二十八歳のときだった。相手は大学時代からつきあっていた二歳年上の男で、特別に好きだったかというと、正直よくわからない。「そういう流れだったから」という説明が、おそらく最も正確だ。
 結婚生活は三年続いた。喧嘩をするわけでも、裏切られるわけでもなかった。ただ、あるとき気がついたら、私たちはすっかり他人になっていた。同じテーブルで食事をして、同じベッドで眠って、それでも互いに対してまったく興味を持っていない二人の人間。壁紙と壁紙が向かい合っているみたいな関係。
 離婚の話を切り出したのは向こうで、私は驚くほどあっさり同意した。むしろ「よく言ってくれた」と思ったくらいだ。ところが、離婚届を出した帰り道、最寄り駅の改札を抜けた瞬間に涙が出た。悲しいのではなかった。何というか、「終わった」という感覚が、思いのほか大きかった。終わったのは結婚だけではなく、「こういうふうに生きていく」という一つの物語が、終わったのだ。
 離婚してから二年、私は転々とアルバイトをしながら暮らしている。カフェのホールスタッフ、書店員、イベントのスタッフ。特別に向いているわけでも、特別に楽しいわけでもない。ただ、生活は回っている。
 友人の奈津には「自分を罰してるみたいだよ」と言われた。
 罰? と私は首を傾げた。
「自分がちゃんと頑張る資格があるって、まだ思えてないんじゃないの」
 奈津はときどき、人の心の奥のほうにピンポイントで触れてくる。触れられた瞬間はちくりと痛くて、しかしすぐに「違う」と言いたくなる。違う、と思えるということは、どこかで「正しい」と感じているからだろう。
 私は美ヶ原に来る前日、奈津に「違うよ」と言った。奈津は「そうならよかった」と。その声が、少しだけ寂しそうだったのを、私はバスの中でずっと考えていた。


四日目


 ピタゴラスの隣に牧場の老人が来て座った。名前は村田さんといった。七十二歳。もともと長野の出身で、三十年以上前に脱サラしてこの牧場を始めたのだという。
「サラリーマン時代は何をされていたんですか」
「金融です。銀行員。向いてなかったな」
「向いてないって、どこで気づいたんですか」
 村田さんはしばらく空を見上げてから答えた。その日の空は抜けるように青く、雲がほとんどなかった。光が真上から降り注いで、牧草地の緑が宝石みたいに鮮やかだった。
「入行して十年くらい経ったとき、ふと気づいたんですよ。このまま定年まで行ったとして、そこに私の何が残るだろうって。預けた金が増えた、という結果は残る。でも私が関わったという痕跡は、どこにも残らない。それが急に、怖くなった」
「だから牧場を?」
「だから牧場を。羊はね、私のことをちゃんと覚えてくれるんですよ。毎朝声をかければ、向こうも反応する。当たり前のことかもしれないけれど、私にはそれが大事だった」
 村田さんは立ち上がり、ピタゴラスの首のあたりをゆっくりなでた。ピタゴラスは目を細めた。もこもこの毛に埋もれるように、村田さんの手が消えていった。
「ピタゴラスはなんで、その、”直角”が好きなんでしょう」
 私が聞くと、村田さんは少し考えてから言った。
「”直角”ーね。あそこにいると、守られる感じがするんじゃないかな。背中が二方向から支えられているでしょう。広い高原では、後ろが気になるんですよ、羊は。臆病な生きものだから」
 臆病だから、直角の中に収まる。
 私はその言葉を、反芻するようにゆっくり飲み込んだ。コーヒーの最後の一口みたいに、ちょっと苦くて、でも温かかった。
 ちょうどそのとき、また雲の切れ間から光が降りてきた。ピタゴラスの白い体に、真上からまっすぐ光が当たった。毛の一本一本が輝いて、もこもこした輪郭が金色に縁取られた。ツノの螺旋が光を受けてつやつやと光り、横長の瞳孔の奥に小さな太陽が映った。
「きれいですね」と私は思わず言った。
「そうでしょう」と村田さんは笑った。「あいつ、光の当たり方を知ってるんじゃないかと、私は思ってるんです。あの場所、朝の時間帯は一番光が入るんですよ」
 私はピタゴラスを見た。ピタゴラスは光の中で、まばたきをした。


五日目


 午後の高原を一人で歩いた。王ヶ頭から王ヶ鼻まで続く遊歩道を、ゆっくりと。
 風が強かった。高原の風は方向が定まらなくて、どこからともなく吹いてきて、草をざあっと揺らして、また別の方向へ行ってしまう。自由というより、気まぐれだった。それでも不快ではなかった。むしろ、その無秩序が気持ちよかった。レンゲツツジはもう花期を終えていたが、遊歩道沿いにはシャジンやウスユキソウが小さな顔を出していた。野の花というのは、なぜ遠慮がちなのだろう。踏まれそうな場所に、ひっそりと咲いている。
 歩きながら、私はぼんやりと自分のことを考えた。
 私の 直角 はどこだろう。

 ピタゴラスが柵の角に収まるように、私も何かの角に収まっているのだろうか。それは離婚という出来事と、何もできないという感覚が交差する場所で、私はその角に背を預けてじっとしていたのかもしれない。動けないのではなく、動かずにいることを選んでいた。選んでいた、というとかっこよく聞こえるが、要するに怖かったのだろう。
 村田さんの言葉が、また頭の中で鳴った。

 王ヶ鼻の先端まで来ると、松本盆地が眼下に広がっていた。霞の向こうに北アルプスの稜線が見える。穂高の峰々は夏でも雪を残していて、白い筋が山肌に縦に走っていた。山の名前は知らなかった。知らなくてもよかった。ただ、そこにある。巨大で、静かで、動かない。そして、ちゃんとある。
 私はしばらくそこに立って、アルプスを眺めた。高原の端に立つと、空が三方向から来るような感じがした。正面と左と右から、空が押し寄せてくる。風が前から吹いてきて、髪を乱した。後ろは、開けていた。


六日目


 今朝は雨だった。霧雨というよりも、霧がそのまま濡れているような感じで、視界は数十メートルしかなかった。牧草地は白く霞んでいて、遠くの丘も近くの柵も、みんな同じ灰色の靄の中に溶けていた。
 それでもピタゴラスは、例の場所にいた。
 私は傘をさして牧場のそばまで行った。濡れた毛が重そうで、ピタゴラスはいつもより少しだけ小さく見えた。それでも柵の角にぴったりと体を預けて、いつもと同じ顔をしていた。左右に渦巻くツノが雨を受けて濡れ光り、もこもこの毛並みはしっとりと重さを帯びていた。それでも彼は、微動だにしなかった。
「雨でも来るんだね」
 私が声をかけると、ピタゴラスはゆっくりこちらを向いた。濡れた黒い目が、霧の中でつやつやと光っていた。その横長の瞳孔が、霧の白さを細く切り取っていた。
「あなたはここが好きなんだね。ちゃんと好きなんだ」
 雨の音と、草の滴と、遠くで牛が一声鳴いた音だけがあった。ピタゴラスはもう一度まばたきをして、また正面を向いた。
 私はその日、傘をさしたまましばらくそこに立っていた。
 雨の朝、ピタゴラスのことがはっきりわかった気がした。強いられているのではなく、脅えているのでもなく、ただ、ここが自分の場所だと知っていて、そこにいる。それだけのことだ。それだけのことが、どれだけ確かなことだろう。
 私にとっての「ここ」は、どこだろう。
 雨はしばらく降り続けた。


七日目


 夕方、村田さんの奥さん――恭子さんという、小柄で笑いじわの多い女性――が、ペンションまで野菜をどっさり持ってきた。牧場で作っている夏野菜だという。ズッキーニ、トマト、インゲン、それからバジル。
「なんだか申し訳ない」と私が言うと、「毎朝うちの羊の相手をしてくれてるんだから」と恭子さんは笑った。
 ペンションのオーナー夫妻がその野菜でパスタを作ってくれた。シンプルなトマトソースで、バジルをたっぷり乗せたやつだ。四人でテーブルを囲んで食べながら、私はいつの間にか村田さん夫妻とオーナー夫妻に、自分のことをとりとめなく話していた。
 離婚のこと。アルバイトのこと。これからのこと。
「これからのことは?」と恭子さんに聞かれたとき、私は正直に「わからないです」と答えた。
「わからなくていいんじゃない」と恭子さんは言った。「わからないまま動いてみれば、そのうち何か見える。私たちも、村田さんが牧場始めたいって言ったとき、全然わかってなかったもの。でもやってみたら、ここが私たちの場所だったって、あとでわかった」
「あとでわかるものなんですか」
「そうよ。先にわかることなんて、何もない」
 恭子さんはそう言って、トマトソースをフォークですくった。その動作が、なんともなく力強かった。


八日目


 最終日。私はいつもより少し早く牧場へ行った。
 ピタゴラスはいた。いつもの場所に、いつもの姿勢で。
 その日の朝は、ことさら光が強かった。高原に雲ひとつなく、昨日までの雨が嘘みたいに空は澄んでいた。朝日が東の丘の稜線から一気にせり上がってきて、牧草地全体をオレンジ色に染めた。遠くのアルプスも、霞を脱いで、稜線の一本一本が目に刺さるように鮮明だった。
 その光の中に、ピタゴラスは立っていた。
 白い毛並みが朝日を受けてまばゆく光った。もこもこと盛り上がった毛の表面が金色に輝いて、ツノが真鍮みたいに光った。逆光の縁取りがオレンジ色に走って、ピタゴラスの輪郭全体が火を纏っているみたいだった。柵の角にぴたりと収まった体は、光の中でくっきりとした影を落として、その影だけが濃い紺色で地面に刻まれていた。
 柵のそばの草の上に直接腰を下ろす。露がズボンを濡らしたが、かまわなかった。
「帰るよ」
 ピタゴラスはこちらを向いた。朝日を正面から受けた目が、金色に光った。横長の瞳孔の奥に、小さな朝の空が映っていた。
「あなたのことを、しばらくは思い出すと思う。直角にいる羊のことを」
 ピタゴラスはゆっくりまばたきをした。まぶたが降りて、また上がる。その一瞬の暗転の中に、また何かが含まれていた。そして――「ベェ」と、鳴いた。一声だけ。短く、乾いた、しかし妙に凛とした声だった。朝の空気の中にすっと消えていった。今度は、またね、と聞こえた気がした。それを返事だと私は思うことにした。
「あんたは、自分の場所を知ってるんだね」
 草の上に座ったまま、私はしばらく空が青くなるのを見ていた。
 直角というのは、二つの方向が出会う場所だ。縦と横、あるいは過去と未来、あるいは今ここにある自分と、これからの自分。ピタゴラスはその交点に背を預けて、毎朝そこにいる。守られながら、でも外を向いて。光の中で、ちゃんと輝きながら。
 私の直角は、きっとまだここにはない。東京に帰って、何か始めようとしたとき、また別の何かに躓いたとき、あるいは全然関係ない夕暮れ時に、ふと見つかるのかもしれない。
 でも今日、私はここで、ちゃんと空が青くなるのを見た。
 それだけは確かだった。

 松本行きのバスに乗ったのは午前十時だった。
 車窓から高原が遠ざかっていくのを眺めながら、私はリュックの内ポケットに入れていたスマートフォンを出して、奈津にメッセージを打った。
「帰ります。羊に会ったよ。直角が好きな羊。面白い子でした」
 しばらくして、奈津から返信が来た。
「何それ、面白すぎる。詳しく聞かせて。あと、顔色よくなってる?」
「知らない。でも、まあ、少しだけ」
「それで十分。おかえり」
 私はスマートフォンをしまって、また窓の外を見た。
 高原はもうずいぶん遠くなっていて、夏の光の中に溶けていくようだった。どこかにピタゴラスがいるはずで、おそらくまだあの角にいて、今日も朝の光を全身で受け止めているのだろう。モコモコした白い体に光が降り注いで、ツノが輝いて、横長の瞳孔があの静かな確信を湛えている。
 私はそれを思って、少しだけ微笑んだ。
 バスは下り坂を進んでいった。松本盆地が、だんだん近づいてきた。



 東京に帰った翌週、私はハローワークに行った。
 特別な目標があったわけではない。ただ、何かの扉を、一枚開けてみたかっただけだ。
 受付で番号票を引いて、待合いの椅子に座った。隣には七十代らしいおじいさんと、二十代前半の若い男の子がいた。みんな、それぞれの事情でここにいる。それがなんとなく、慰めになった。人生の直角は、一種類じゃない。
 番号を呼ばれて、私は立ち上がった。
 その瞬間、高原の風を思い出した。方向の定まらない、気まぐれな風。どこへ吹いていくかは、吹いてみなければわからない。
 私は窓口に向かって歩いた。
 ピタゴラスが、今朝もあの角で光を受けているといいな、と思いながら。

いいなと思ったら応援しよう!