那須高原・令和の開拓記 〜猫缶を背負って、私は人間を取り戻す〜
定年後は、那須高原のテラスでお洒落にティータイムを――。

長年勤め上げた旦那が定年退職を迎えたのを機に、私たちは長年住み慣れた埼玉・春日部を離れ、那須高原へと移住した。
緑に囲まれた静かな暮らし、小鳥のさえずりで目覚める朝。そんな「絵に描いたようなスローライフ」を夢見ていた私を待っていたのは、文明の利器が一切通用しない、過酷な「令和の開拓生活」だった。
まず、ピザが届かない。そもそも、画面をいくらスクロールしてもウーバーイーツの圏外だ。
Amazonのトラックさえ深い霧の彼方へ消えていき、ようやく来たと思えば宅配便のドライバーさんから「道に迷いました……今、どこでしょう?」と電話が入る。
追い打ちをかけるように、一歩森の深みに入ればスマホの電波さえも「圏外」の彼方へ。
最新機種のスマートフォンも、ここではただの重たい「光る板」だ。文明の利器、ここでは揃いも揃って迷子である。
頼みの綱の夫は「小遣い稼ぎに」と早々にパートへ出かけ、車のない私は標高の現実に放り出された。
Amazon翌日お届けは夢の中。
愛猫の「飯はまだか」という視線に抗えず、私はリュックを背負う。
片道40分の山道を下り、猫缶を詰め込んで再び登る。往復約2時間の「買い出し登山」だ。
猫缶の次は、ついででパン屋に寄ろう。
ようやく辿り着いたパン屋の軒先には、非情な看板が揺れていた。
『本日、店主のやる気が出ないため、お休みします…』
顎が外れそうなほど……絶句した。
脱力感、膝から崩れ落ちそうになる。
私のこの40分の努力、パンへの執着、そしてパンパンに腫れたふくらはぎの痛み。
それらすべてが、店主の「やる気がない」という名の気まぐれに飲み込まれていく。
私は、閉ざされたシャッターに向かって、精一杯の震える声でこう吐き捨てた。
「Googleマップでは『営業中』になっていたから!」
……私のこの足の筋肉痛は、一体どこにぶつければいいのだろう。と、自分に言い聞かせる。
この街の店は、とにかく自由だ。「不定休」は当たり前。
やっと見つけたカフェの扉には
『冬眠します』の一言。
春まで店を開けないという宣告に、都会育ちの私は呆然と立ち尽くす。
Googleのアルゴリズムなど、那須の気まぐれな風の前には無力なのだ。
この街の店は、とにかく自由だ。
無情な「冬眠」の文字を眺めているうちに、私の心は不思議と凪いでいった。
ここではGoogleのアルゴリズムも最新の通信規格も、那須の自然と店主の「気分」の前には無力なのだ。
私はこの看板たちを通じて、那須高原での「正しい暮らし方」を学習し始めている。
「予定通り」に執着する都会の感覚を脱ぎ捨て、吹く風や、眠る土の呼吸に合わせて、自分の気持ちを整えていく。それがここでの作法なのだと。
猫缶以外は空振り。
ようやくの思いでの帰り道を登る。
そして、最大の試練が待ち受けていた。
行く手を阻む、追いはぎのようなサル軍団だ。
家はもう目の前。けれど道は一本道。
彼らがわがもの顔で居座る中、武器はリックからはみ出したネギしかない。ほぼ丸腰の私は進むことも引くこともできない。
「お願い、早く帰って……」と、猫缶の重みで食い込むリュックの紐に耐えながら、「猿が去る」のをただ震えながら待つしかないのだ。

夜になると、漆黒の闇から野生動物たちの断末魔の叫びが響き渡る。
「……私、なんでここに来たんだっけ?」と、暗闇の中で膝を抱える夜もあった。
都会では、痒い所に手が届くのが当たり前だった。
指先一つで何でも揃い、不快なものはあらかじめ排除されていた。
そこから一転、この剥き出しの不便さに放り出されたカルチャーショックは、あまりに大きすぎた。
けれど、そんなサバイバルな洗礼を受け続けて、いつしか5年…
気づいたことがある。
2時間の登山を経て手に入れた一個のパンは、驚くほど重く、滋味深かった。
便利な街では忘れていた「食」や「物」の有り難みが、空腹と疲労を通して細胞のひとつひとつに染み渡っていく。
不便さは、私の眠っていた感性を、研ぎ澄まされたナイフのように鋭くしていく。
夜の咆哮に震えるからこそ、翌朝の鳥のさえずりや、風の音、雨の匂い、足元を這う虫たちの小さな命に、猛烈な愛おしさを感じる。
澄み切った空気を吸い込み、降るような満天の星空を見上げるとき、私は自分が単なる消費者ではなく、この厳しい自然の一部として「生きている」ことを実感する。
今まで感じたことのなかった五感が、今、鮮やかに目覚めている。
「やる気が出ないから休業」というあのパン屋さんのように、私ももっと自分勝手に、自由になってもいいのかもしれない。
那須の厳しさは、私から都会の仮面を剥ぎ取って行く。でもその代わりに、ここには本物の静寂と、魂の自由がある。
この住まいに決めた理由。
ハプニングだらけの毎日だけれど。
私は今日も、猫缶の重みを感じながら、那須の風に吹かれている。
私たちが「終の棲家」に選んだ那須高原は、やはり間違いではなかった。
そう、心から笑いながら…。
【あとがき】
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。春日部から那須へ、地図の上ではそれほど遠くない移動のはずが、私の人生にとっては、これまでの価値観をガラリとひっくり返す大冒険になりました。
便利さを手放すことは、最初は怖かったです。
でも、失った代わりに手に入れた「五感で生きる実感」は、何物にも代えがたい宝物でした。
もし今、何かに追い立てられて疲れている方がいたら。私のこの「猫缶登山」の話を思い出して、ふふっと笑っていただけたら嬉しいです。
