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無理に好きにならなくていいと知った日



■ どうして僕は、合わせようとしていたのだろう



昔の僕は、「好きかどうか」よりも「周りに合わせること」を優先して生きていました。


みんなが盛り上がっている話題には頷き、興味がなくても共感するふりをする。

流行っているものを知らないと恥ずかしい気がして、無理に情報を追いかける。

本当は心が動いていないのに、「面白いね」と言葉だけを並べる。


その場の空気を壊さないため。

浮かないため。

変わっていると思われないため。


そうやって僕は、自分の本音を静かに脇へ追いやっていました。


けれど、合わせれば合わせるほど、どこかに違和感が残るのです。


会話が終わったあと、どっと疲れる。

ひとりになったとき、妙な空虚さを感じる。

「本当の自分」は、その場にいなかったような気がする。


それでも僕は、「こういうものだ」と思い込んでいました。


■ 興味が持てない自分は、冷たいのだと思っていた



興味が持てないものに対して、正直でいることは、どこかいけないことのように感じていました。


みんなが好きなものを好きになれない。

盛り上がっている話題に心が動かない。

周囲が感動している場面でも、自分は静かなまま。


そんな自分を見て、


「冷たい人間なのではないか」

「共感力が足りないのではないか」

「どこか欠けているのではないか」


と、心の中で責めていました。


だからこそ、無理に好きになろうとしていたのだと思います。


理解できなくても、理解したふりをする。

興味がなくても、興味があるように振る舞う。

心が動かなくても、動いたように見せる。


けれど、それは少しずつ、心を消耗させていきました。


■ 無理に好きになろうとするほど、心は疲れていく



興味がないものを、好きになろうと努力する。

気が進まないことに、無理に時間を使う。

本音を押し込めて、周囲に合わせ続ける。


一つひとつは小さなことでも、それが積み重なると、心は静かに疲れていきます。


好きでもないことに時間を使い、

本当は望んでいないことにエネルギーを費やし、

「自分らしさ」から少しずつ離れていく。


そして気づいたときには、


何が好きだったのか分からない。

何に心が動くのか思い出せない。

ただ、疲れている。


そんな状態になっていました。


■ 「興味がない」と認めたとき、心が軽くなった



あるとき、ふと思いました。


「興味がないものは、興味がないままでいいのではないか」


その考えは、最初は少し怖いものでした。

周囲から浮いてしまうのではないか。

冷たい人間だと思われるのではないか。


けれど、正直に認めてみると、不思議なことが起こりました。


心が軽くなったのです。


無理に共感しなくてもいい。

無理に好きにならなくてもいい。

無理に理解したふりをしなくてもいい。


そう思えた瞬間、胸の奥に余白が生まれました。


それは、長い間張りつめていた糸が、そっと緩んだような感覚でした。


■ 興味がないことは、冷たさではない



興味がないことは、決して冷たさではありません。


それは、自分の感覚が正直に働いているということ。

心が本当に大切なものを選ぼうとしているということ。


もしすべてに興味を持とうとしたら、心は休まる場所を失ってしまいます。


人には、それぞれ向き・不向きがあります。

心が動くものもあれば、静かなままのものもある。


それは欠点ではなく、個性なのだと思います。


むしろ、興味がないことを認めることで、

本当に好きなものが、より鮮明に見えてくるのです。


■ 好きなものに時間を使えるようになった



無理に合わせることをやめてから、僕の時間の使い方は変わりました。


本当に読みたい本を読む。

心が落ち着く時間を大切にする。

静かな場所で、自分と向き合う。


自然の風景を眺めたり、

何気ない日常の瞬間を味わったり、

自分の内側に耳を澄ませたり。


「心が向かうもの」に時間を使うことで、

日々の充実感が少しずつ増えていきました。


不思議なことに、自分に正直でいるほうが、人との関係も楽になりました。


無理に合わせない。

無理に取り繕わない。

ありのままでいられる。


その自然さが、心地よい距離感を生み出してくれたのだと思います。


■ 無理に好きにならなくても、生きていける



世の中には、無数の価値観や趣味や流行があります。


すべてを好きになる必要はありません。

すべてを理解する必要もありません。


興味がないものに無理をしないことは、

自分を大切にすることでもあります。


本音を無視し続ける生き方より、

自分の感覚を尊重する生き方のほうが、

きっと長く続いていく。


無理に好きにならなくても、生きていける。

無理に合わせなくても、人とつながることはできる。


そして、自分に正直でいるほど、

心は静かに、穏やかに整っていく。


■ 今日から、少しだけ正直に生きてみる



もし今、

「興味が持てない自分」に罪悪感を抱いているなら、

その気持ちを少しだけ手放してみてほしい。


好きになれないものがあってもいい。

共感できないことがあってもいい。

心が動かない瞬間があってもいい。


それは、あなたが冷たいからではありません。

あなたの心が、正直に働いている証です。


すべてに合わせようとしなくていい。

すべてを好きになろうとしなくていい。


その代わり、

本当に大切だと思えるものを、

静かに大切にしていけばいい。


僕はあの日、

「無理に好きにならなくていい」と知って、

少しだけ生きやすくなりました。


そして今も、

自分の心が向かうものを、

大切にしながら歩いています。


ここまで、この記事を読んでいただきありがとうございます🙇

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