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「真説」出雲は神の国ではなく、アジア水郷人の豊かなパラダイス!この高床式倉庫/住居群のメモリーが後の出雲大社建築に翻訳されたのでは?

  前回の「真説」で、出雲には、弥生後期から紀元2世紀ぐらいまでの約300年ぐらい、在地勢力と半島からの初期渡来人が融合した農耕を主とし、青銅器祭祀を中核とする一大勢力が栄えていたと見ることができ、その祭祀の拠点が「荒神谷遺跡」だとコメントしました。
「真説」出雲も日向と同じ神話(記紀)のシンボルなので、スサノオや大国主を探しても見つかりません。八世紀の物語の舞台になっただけ?実体は弥生後期のパラダイス、 Almost Paradise!|フォーシーガ

 そして、出雲が弥生後期の水郷地帯の" Almost Paradise!"と想像しました。今回はその第二弾でどんなパラダイスか想像してみました。

 ヒントは、私がほとんど、でっち上げと褒め称えている記紀や出雲風土記や現在考古学的エビデンスが残る鎌倉期建設の高床高層の出雲大社にありました。チャット君は出雲にしかるべき規模(高さ)の神社があったとの伝承があり、それに基づき記紀や出雲風土記が編纂されたという学会の平均的説明を譲りませんが、「そんなものありませんよ。考古学的エビデンスも、国津神ロジックでも」(これは、私の個人的意見)。

 私は、AIチャット君より、妄想力が高く、ちょっとだけ実体験も長いのです。私がイメージしたのは、インドネシアやマレーシアの水際の人たちの生活と建築です。冒頭のイラストはスマトラ島中部のトバ湖近くの水郷都市バダックの高床式住居を手本に私がGeminiの助けを借りて作成した水郷都市のイメージです(私は、インドネシアでも、フローレス島、スラベシ島、カリマンタン、スマトラと随分と高床式住居や倉庫も見てきました)。

 恐らく弥生時代後期の稲佐浜付近から宍道湖にかけては水郷湿地地帯で、物流の拠点と倉庫、船着き場を兼ねた高床式建物が連なっていたと想像できます。これはインドネシアだけでなく古代の台湾、揚子江沿岸そして半島南部の伽耶にも高床式があったと十分想像できます。

 その出雲地域の高床式建築の記憶と伝承をちょっと捻じ曲げて翻訳したのが出雲大社伝説ですと私は言い切ってしまいます。そのぐらいやってしまうのが持統天皇/藤原不比等グループです。現代の学者さんの想像力を軽く超えてきます。目には目を、想像力には想像力です。

 冒頭のトバ・バダックの家を観たい人は日本の愛知県犬山のリトルワールドでも見れますよ。
インドネシア トバ・バタックの家|展示|野外民族博物館リトルワールド

【和訳】ALMOST PARADISE - Mike Reno & Ann Wilson

(弥生時代の出雲稲佐海岸の夕日?)


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