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55 自分にとって「良いもの」を長く使うということ

自分が身の回りの物をしっかりと「所有するもの」として大切に扱うようになったのは、今から12~3年ほど前にNIKEのエアマックスを購入して7~8年ほど履き続けたことがおそらく始まりだろう。

もともとは安物買いの銭失いタイプで、買っては捨て、そしてまた買っては捨てを繰り返していたようなタイプだった。
好きなことをやって夢だけを追っている生活を当時は送っていたので、単純に手元に自由にできるお金があまりなく、高価なものに手が伸びなかったことも理由の一つであるのだが、元々ものを大切にするタイプでも執着するタイプでも無かったように思う。

精神的な豊かさを初めて感じることができた

物を自身の大切な所有物として大切に扱うようになったキッカケは、確か当時エアマックス90が再販?リメイク販売?されるか何かで思い切って購入したことが始まりだった気がする。
ファッション誌で見たかネットで見たか忘れたが、たまたま目にして当時の自分には少々高価に感じたがカッコ良さに惹かれて買うことに決めた。

そこで買ったエアマックスを8年ほど履き続けたことで、「長期的に使っていく」ということが如何に自信を豊かで幸せにしてくれるかを身をもって知ることができた。

長期間履き続けたことでエアマックスはボロボロになっていき、靴底や中敷きその他諸々交換や補修したりしながら履いていたが、ついに履けなくなってしまいその後破棄することになった。人生で初めて「何か」を大切にし長期的に使い続けることで、たかだかスニーカー1つでこんなにも人生に1つ色を付け加えてくれて、豊かさをもたらしてくれるかということに気が付くことができた。

自分の歴史と向き合っているような感覚

昨日磨いて手入れをしたばかり

現在着用しているものは自分にとって2代目エアマックス90で、3年前に頂いた大切なもので現在も出かける度に着用している。

履いて洗って、洗っては手入れを繰り返す。
手入れをする瞬間というのはものと向き合う瞬間というよりも、愛用しながら歩んできた道のりを辿るような、自身の歴史と向き合っているような感覚になる。

「〇〇に行ったな」「そう言えばこんなことあったな」「これ頑張ったな」など、手入れを定期的にすることでその度に思い出や当時の感情、当時の自身と現在を比較して変化を楽しんだり、歴史を振り返ることができる。

「いや、そんなことしなくても新しい靴買えよ」と言われるかもしれないが、この作業が自分にとって意味のあることだと思うし、そういう感情になれることが最高の贅沢だと思っている。

靴を何十足と持っているコレクター気質な人もそれはそれでその収集にかける精神たるや凄いなと思ったりもするが、きっと自分の考え方にマッチしないのだろうなと。
まあ目の前に靴に限らずコレクションを並べられた時はきっと食い入るように見てしまうのだろうが、まあそれはまた別の話で。

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Kの部屋 応援ありがとうございます。 まだまだ未熟な文面多々見られるかと思いますが、何卒ご容赦くださいませ。 当記事があなたにとって意味ある記事であることを願っています。 これからもよろしくお願いします。