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⚖️ 税務実務の読み解きノート名義預金は“名義”だけでは決まらない


🔍️家族名義預金は本当に被相続人の財産か

「先生、家族名義の預金は、相続税ではだいたい名義預金として見られるのですか」
ミカが、通帳のコピーを見ながら尋ねた。
教授は、ゆっくり首を振った。
「だいたい、という言葉は危険です。名義預金は、名義だけでは決まりません」
「でも、税務調査では“これはお父さんのお金でしょう”と言われそうです」
「言われることはあります。しかし、言われたから決まるわけではありません」
「では、何で決まるのですか」
「管理、原資、贈与の有無です。税務署は通帳の名前を見る。審判所は、その通帳を誰が動かしていたかを見る」
「通帳にも、裏の顔があるのですね」
「はい。預金の世界では、表札より鍵の持ち主が大事です」
今回は、家族名義の預貯金等について、被相続人に帰属する相続財産とは認められないとされた裁決を取り上げます。
タイトルは、名義預金は“名義”だけでは決まらない
結論からいうと、家族名義預金を相続財産に加えるには、被相続人が原資を出し、管理し、実質的に支配していたことを具体的に説明できる必要があります。

1 裁決・事件の概要

この事案は、平成21年12月に開始した相続についての裁決です。
請求人らは、被相続人の共同相続人でした。
相続税の申告後、税務調査が入り、原処分庁は、請求人らやその家族名義の預貯金等を相続財産に加算しました。
さらに、これらを申告しなかったことについて、隠ぺい又は仮装があったとして重加算税も課しました。
請求人らは、これに納得しませんでした。
「これらの預貯金等は、家族それぞれの財産であって、被相続人の相続財産ではない」
そう主張して、国税不服審判所に審査請求をしました。
ミカが言った。
「つまり、税務署側は“家族名義だけれど実質は被相続人の財産”と見たのですね」
教授がうなずいた。
「はい」
「請求人側は“名義どおり家族の財産です”と主張した」
「そのとおりです」
「名義と実質の戦いですね」
「はい。税務実務では、よくある名義預金のドラマです」

2 原処分庁の主張

原処分庁の主張は、こうです。
家族名義の預貯金等は、管理・運用状況、原資となった金員の出捐者、贈与の有無を総合的に見ると、被相続人の相続財産である。
被相続人には多額の収入があった。
一方、請求人らや孫らの収入状況からすると、その名義の預貯金残高は不相当に多い。
また、過去に株式贈与については贈与税申告をしていたのに、これらの預貯金については贈与税申告がない。
だから、申告された贈与以外に贈与があったとは認められない。
さらに、一部の孫名義の貯金については、設定時の印鑑が被相続人の印鑑であり、設定当時その孫は幼かった。
したがって、これも被相続人の財産と見るべきだ。
ミカが言った。
「税務署側の理屈は、“家族の収入に比べて預金が大きい。贈与税申告もない。だから被相続人のものだろう”という感じですね」
教授が答えた。
「そうです。ただし、“だろう”だけでは足りません」
「推理小説なら犯人に近づいていますが」
「税務裁決では、証拠がなければ逮捕できません」
「税務署の推理も、証拠固めが必要なのですね」
「まさにそこです」

3 請求人の主張

請求人側の主張は、こうです。
本件預貯金等は、名義人である請求人らや孫らの固有財産である。
管理・運用は、基本的に請求人夫婦が行っていた。
請求人夫婦には給与、退職金、資産運用益などの収入があった。
孫らの預貯金についても、被相続人や請求人夫婦からの贈与があった。
また、被相続人やその配偶者名義のものは、別に管理されていた。
だから、家族名義の預貯金等を一括して被相続人の相続財産と見るのはおかしい。
ミカが言った。
「請求人側は、“家族にも収入や財産形成があった。全部を被相続人のお金にしないでください”という主張ですね」
教授がうなずいた。
「はい」
「家族名義の預金だからといって、すぐ名義預金ではない」
「そのとおりです」
「名義預金の認定には、実質的な支配が必要」
「はい。税務署が見るべきなのは、名前だけでなく、誰が通帳を持ち、誰が印鑑を持ち、誰のお金で、誰のために動かしていたかです」
「通帳の名義は表札、管理状況は生活実態ですね」
「いい表現です」

4 審判所の基本的な考え方

審判所は、まず重要な考え方を示しました。
一般的には、財産の名義人がその所有者であるのが通常です。
しかし、預貯金等は、現金化や別名義への預け替えが容易であり、家族名義を使用することも少なくありません。
だから、預貯金については、単に名義だけでなく、管理・運用状況、原資の出捐者、贈与の事実の有無などを総合して帰属を判断する必要があります。
ミカが言った。
「つまり、名義どおりが出発点。でも、預金は例外的に実質を見なければならないことがあるのですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「名義だけでもダメ。実質だけの思い込みでもダメ」
「はい。大切なのは、名義と実質を資料でつなぐことです」
「預金の帰属は、通帳の名前だけでなく、物語全体で判断する」
「ただし、その物語には証拠が必要です」

5 審判所の判断

審判所は、原処分庁の主張を認めませんでした。
ポイントは、原処分庁の立証が足りなかったことです。
原処分庁は、家族名義の預貯金等が被相続人の財産であると主張しました。
しかし、管理状況について、使用印鑑の状況や保管場所などを具体的に主張・立証していませんでした。
また、原資についても、被相続人に多額の収入があったことなどを挙げるだけで、個々の預貯金について、いつ、誰が、どの資金を出したのかを具体的に立証していませんでした。
さらに、贈与の有無についても、「贈与税申告がないから贈与はなかった」という主張にとどまりました。
審判所は、これは十分な主張とはいえないと見ました。
一方、審判所の調査では、家族名義預貯金等について、被相続人やその配偶者の印鑑ではなく、請求人夫婦や孫ら側の印鑑を使って管理・運用していたと認められる部分がありました。
また、個々の預貯金の出捐者が誰であるかは、はっきり認定できませんでした。
贈与がなかったとも認定できませんでした。
そのため、審判所は、管理状況、原資、贈与の有無などを総合しても、本件預貯金等が被相続人に帰属する相続財産とは認められないと判断しました。
ミカが言った。
「先生、これは“家族のものだ”と積極的に完全証明されたというより、“被相続人のものだとは認められない”という判断ですね」
教授がうなずいた。
「そこが重要です」
「相続財産に加算するなら、被相続人のものだという証明が必要」
「はい」
「疑わしいだけでは足りない」
「そのとおりです」
「税務署の“たぶん”では、相続財産は増やせない」
「かなり鋭いまとめです」

6 裁決結果

審判所は、本件預貯金等を相続財産に該当すると認めることはできないと判断しました。
また、農業用シュレッダーの評価額についても、すでに申告書に含まれているとして、追加加算すべきではないとしました。
その結果、相続税の更正処分は違法であり、全部取消し。
さらに、更正処分が全部取り消されるため、重加算税の賦課決定処分についても全部取消しとされました。
ミカが言った。
「全部取消しですか。かなり大きな判断ですね」
教授が答えた。
「はい。名義預金の認定で、課税庁側の立証不足がはっきり問題になった事例です」
「税務署側が、名義預金の網を大きく投げすぎたのですね」
「そうかもしれません。網を投げるなら、どの魚が被相続人のものか、きちんと示す必要があります」
「家族名義預金という池は濁っていますね」
「だからこそ、印鑑・通帳・原資というライトを当てる必要があります」

7 税理士としての視点

この裁決は、納税者側にとって心強い事例です。
しかし、安心しすぎてはいけません。
名義預金の判断では、通常、管理・原資・贈与の有無が厳しく見られます。
今回は、課税庁側が被相続人への帰属を十分に立証できなかったため、相続財産認定が否定されました。
しかし、別の事案で、通帳も印鑑も被相続人が管理していた。
預金の原資も被相続人の収入だった。
名義人は預金の存在すら知らなかった。
贈与契約書もない。
贈与税申告もない。
このような事情がそろえば、相続財産と認定される可能性は高くなります。
ミカが言った。
「つまり、この裁決は“家族名義なら大丈夫”という話ではないのですね」
教授が答えた。
「まったく違います」
「むしろ、“名義預金は証拠勝負”という話」
「そのとおりです」
「税務署にも証拠が必要。納税者にも証拠が必要」
「はい。名義預金の世界では、通帳が黙っていても、印鑑と入出金履歴がしゃべります」
税理士としては、相続税申告の際に、次の点を必ず確認すべきです。
誰の名義か。
誰が通帳を保管しているか。
誰が印鑑を持っているか。
届出印の筆跡や変更履歴はどうか。
原資は誰の収入か。
入出金は誰の意思で行われたか。
名義人は預金の存在を知っていたか。
贈与契約書はあるか。
贈与税申告はあるか。
贈与後に名義人が自由に使える状態だったか。
これらを確認しないまま、「家族名義だから除外」「税務署が怖いから全部相続財産」と処理するのは、どちらも危険です。

8 実務上の教訓

名義預金の判断では、白黒を急がないことが大切です。
税務署が相続財産だと言ったから、必ず相続財産になるわけではありません。
一方で、通帳の名義が家族だから、必ず家族の財産になるわけでもありません。
重要なのは、誰のお金で、誰が管理し、誰が自由に使えたのかです。
ミカが言った。
「先生、名義預金は“名前の問題”ではなく、“支配の問題”ですね」
教授がうなずいた。
「はい」
「通帳の名義」
「入口です」
「印鑑の管理」
「重要です」
「原資」
「もっと重要です」
「贈与の有無」
「決定的になることがあります」
「なるほど。名義預金は、預金の戸籍調査ですね」
「うまいですね。しかも、戸籍だけでなく家計簿も見ます」

9 まとめ

この裁決は、家族名義の預貯金等について、管理状況、原資、贈与の有無などを総合しても、被相続人に帰属する相続財産とは認められないと判断された事例です。
原処分庁は、家族名義預金等を相続財産として加算し、重加算税も課しました。
しかし、審判所は、被相続人に帰属することについて具体的な立証が足りないと判断しました。
その結果、更正処分も重加算税の賦課決定処分も全部取り消されました。
ミカが最後に言った。
「先生、今日の結論は、名義預金は名義だけでは決まらない、ですね」
教授がうなずいた。
「はい」
「でも、家族名義なら安心という話でもない」
「そのとおりです」
「管理、原資、贈与の有無を資料で見る」
「まさに実務の核心です」
名義預金は、相続税調査でよく問題になります。
しかし、その判断は単純ではありません。
通帳の名義は入口。
印鑑と管理状況は廊下。
原資と贈与の有無が、いよいよ奥の部屋です。
教授は最後に言った。
「名義預金は、通帳の名前ではなく、お金の人生を見なさい」
ミカが笑った。
「預金にも履歴書が必要ですね」
「そのとおりです。しかも、税務署はその履歴書の空白期間を見逃しません」

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