取引相場のない株式を個人間で売買するときの譲渡価額⚖️ 税務実務の読み解きノート📚️税法・判例・通達から考える実務判断
――所得税の値段と贈与税の値段は、同じ顔をして別の仕事をしている
「先生、取引相場のない株式を個人間で売買するとき、売買価額はいくらにすればよいのですか」
ミカが、分厚い株式評価明細書を前にしてそう尋ねた。
教授は、コーヒーを一口飲んでから答えた。
「その質問には、まず“どの税金の話ですか”と聞き返す必要があります」
「値段の話なのに、税金ごとに答えが違うのですか」
「はい。非上場株式の世界では、同じ株式でも、所得税が見る顔と、贈与税が見る顔が違います」
そこへ、いつもの社長が顔を出した。
「先生、株式に顔があるとは、なかなか怖い話ですね」
教授は静かに言った。
「税務実務では、顔が一つに見えるものほど、裏に評価通達が隠れています」
今回は、取引相場のない株式を個人間で売買する場合の譲渡価額を整理します。
問題は、一見すると単純です。
相続税評価額で売ればよいのか。
所得税基本通達59-6に従って計算した価額で売ればよいのか。
それとも、当事者が合意した金額でよいのか。
しかし、この問題を一つの価額だけで片づけると危険です。
非上場株式の個人間売買では、売主の所得税、買主の贈与税、譲渡損失の取扱いを分けて考える必要があります。
つまり、売買契約書に書かれる金額は一つでも、税務上は複数の角度からチェックされるということです。
「先生、つまり契約書は一枚でも、税務署の目は二つ、いや三つあるわけですね」
「そのとおりです」
「所得税の目、贈与税の目、譲渡損失を見る目」
「なかなか鋭いですね」
「税務署は三つ目小僧ですね」
「妖怪ではありませんが、かなりよく見ています」
1 取引相場のない株式とは何か
取引相場のない株式とは、上場株式のように市場で日々取引される価格がない株式です。
典型例は、同族会社、中小企業、親族経営会社、未上場会社の株式です。
上場株式であれば、証券取引所の株価を見れば、おおむね時価が分かります。
しかし、取引相場のない株式には、そのような分かりやすい市場価格がありません。
市場で毎日売買されていない。
買いたい人が限られる。
譲渡制限が付いていることが多い。
会社の支配権と結びつくことがある。
少数株主が持つ株式なのか、支配株主が持つ株式なのかで意味が変わる。
配当を受けるだけの株式なのか、会社を動かせる株式なのかで価値の見え方が変わる。
ミカが言った。
「つまり、取引相場のない株式は、“値札のない商品”なのですね」
教授がうなずく。
「そうです。しかも、その値札を誰が見るかによって、数字の意味が変わります」
社長が腕を組んだ。
「うちの会社の株にも値札はありません」
「はい」
「では、私が好きな値段をつけてもよいのですか」
教授は即答した。
「売買契約としては、当事者が合意すれば価額を決めることはできます。しかし、税務上その価額がそのまま無風で通るとは限りません」
「値段は自由。しかし税務署の視線も自由」
「かなり正確です」
民法上・会社法上の売買価額と、税務上の時価は、必ずしも同じものではありません。
当事者間で合意した売買価額は、契約上の対価です。
しかし税務では、その対価が低すぎないか、高すぎないか、誰に経済的利益が移ったのかを確認することがあります。
特に、親族間、同族株主間、代表者と少数株主の間、後継者への株式移転では、売買価額が税務上の争点になりやすいです。
2 売主の所得税――原則は実際の売買代金で計算する
ミカが資料をめくりながら言った。
「まず、売主の所得税ですね。個人が個人に取引相場のない株式を売った場合、譲渡所得の収入金額はいくらになりますか」
教授が答えた。
「原則として、実際の売買契約で定めた譲渡対価です」
「つまり、売買代金そのものですね」
「はい。所得税法36条の考え方です」
個人が個人に資産を譲渡した場合、譲渡所得の計算では、その資産の譲渡によって収入すべき金額、つまり売買契約で定めた譲渡対価を収入金額とします。
したがって、取引相場のない株式を個人間で売買した場合でも、売主の譲渡所得の収入金額は、原則として当事者が定めた売買代金です。
ここで重要なのは、所得税法59条1項です。
所得税法59条1項には、一定の場合に、時価で譲渡があったものとみなす規定があります。
しかし、この規定は、法人に対する贈与や、法人に対する著しく低い価額による譲渡などに適用される規定です。
個人から個人への通常の譲渡については、所得税法59条1項によって売主に時価譲渡課税が行われるわけではありません。
社長が言った。
「先生、つまり私が個人として知人に非上場株式を売る場合、売主である私は、基本的に契約した金額で譲渡所得を計算するのですね」
「はい。売主側の所得税は、まずそこから考えます」
「では、時価より安く売っても、売主には時価課税されないのですか」
「個人間売買については、所得税法59条1項の時価みなし譲渡はかかりません」
「おお、それなら安心ですね」
教授は首を振った。
「社長、税法で“安心ですね”と言うと、だいたい次の条文が出てきます」
「出ましたね。税法の伏兵」
「今回は、所得税法59条2項と、相続税法7条です」
3 売主側の注意点――時価の2分の1未満なら譲渡損失が消えることがある
売主側で注意すべきなのは、所得税法59条2項です。
個人間の譲渡であっても、譲渡対価が時価の2分の1未満であり、その譲渡によって譲渡損失が生じた場合には、その損失はなかったものとみなされます。
ミカが言った。
「つまり、時価よりかなり安く売って譲渡損失を作っても、その損失は税務上使えない場合があるのですね」
「そのとおりです」
「所得税法59条1項は個人間売買には直接かからない。しかし、59条2項の損失否認は注意が必要」
「はい。ここを混同しないことが大切です」
売主の譲渡収入は契約額が原則ですが、時価の2分の1未満で売って損失が出る場合には、その損失が否認される可能性があります。
この場合の「時価」は、所得税法59条の適用における時価です。
取引相場のない株式については、所得税基本通達59-6に従って算定する価額を基礎に考えることになります。
ここで出てくるのが、所得税基本通達59-6です。
この通達は、株式等を贈与等した場合の「その時における価額」をどう考えるかを定めたものです。
取引相場のない株式については、財産評価基本通達の取引相場のない株式の評価の例を使います。
しかし、相続税評価額をそのまま使うという単純な話ではありません。
所得税の譲渡所得課税に合うように読み替える必要があります。
社長が言った。
「先生、相続税評価額をそのまま持ってくるだけではないのですか」
「そこが厄介です」
「また税法が一筋縄ではいかない顔をしていますね」
「はい。所得税側では、譲渡した個人の立場、議決権割合、中心的な同族株主かどうかなどが問題になります」
「売る人を見るのですね」
「そうです。所得税の譲渡所得課税では、資産の値上がり益を、その所有者の支配から離れる機会に清算するという考え方が背景にあります」
所得税基本通達59-6の価額は、個人間売買の売主の収入金額を常に置き換える価額ではありません。
これは、主に所得税法59条の場面、つまり時価譲渡課税や2分の1未満判定などで問題になる価額です。
ここを間違えると、「個人間売買でも必ず59-6価額で売らなければならない」という誤解につながります。
4 買主の贈与税――安く買いすぎると、買主に贈与税が来る
ミカが言った。
「では、売主側は契約額が原則として、買主側はどうなるのですか」
教授が答えた。
「ここで相続税法7条が登場します」
「個人から著しく低い価額で財産を譲り受けた場合のみなし贈与ですね」
「そのとおりです」
個人が個人から、著しく低い価額の対価で財産を譲り受けた場合、その財産の時価と譲受対価との差額に相当する経済的利益を、贈与により取得したものとみなされることがあります。
これが相続税法7条です。
この場合に問題になる「時価」は、相続税法の時価です。
したがって、取引相場のない株式については、原則として財産評価基本通達に基づく相続税評価額を使って判定することになります。
ミカが言った。
「つまり、買主側では相続税評価額を見るのですね」
「はい」
「売主の所得税では、契約額が収入金額になる」
「はい」
「買主の贈与税では、相続税評価額との差額が問題になる」
「そこが今回の核心です」
個人間売買では、売主の所得税だけでなく、買主の贈与税リスクを必ず確認する必要があります。
社長が言った。
「先生、売主と買主で見るものが違うのは、なかなかややこしいですね」
教授が答えた。
「非上場株式は、評価の迷宮です」
「株券一枚に、所得税と贈与税が別々の地図を持ってくるわけですね」
「しかも、どちらの地図も細かい字で書かれています」
ここで注意したいのは、「著しく低い価額」の判定です。
所得税法59条2項では、時価の2分の1未満という基準が出てきます。
しかし、贈与税の相続税法7条では、単純に2分の1未満かどうかだけで判断するわけではありません。
時価と対価の差額、当事者の関係、取引の事情、価格決定の合理性、買主が得た経済的利益などを踏まえて判断されます。
所得税の2分の1基準を、贈与税の相続税法7条にそのまま持ち込むのは危険です。
社長が言った。
「では、相続税評価額の半分以上なら贈与税は絶対大丈夫、とは言えないのですね」
「そうです。そこは要注意です」
「分かりやすいセーフラインが欲しいです」
「税法では、分かりやすく見える近道ほど、あとで崖になることがあります」
5 では、売買価額はどちらの価額によるべきか
では、取引相場のない株式を個人間で売買する場合、売買価額は相続税評価額と所得税基本通達59-6の価額のどちらによるべきでしょうか。
答えは、税目ごとに分けて考える必要があります。
売主の所得税の譲渡所得計算では、原則として実際の売買代金が収入金額です。
したがって、売主の収入金額を決めるために、必ず所得税基本通達59-6の価額で売らなければならないというわけではありません。
ただし、譲渡価額が所得税法59条の時価の2分の1未満であり、譲渡損失が生じるような場合には、その損失がなかったものとされる可能性があります。
この判定では、所得税基本通達59-6の価額が問題になります。
一方、買主の贈与税では、相続税法7条が問題になります。
著しく低い価額で譲り受けたと認められると、相続税評価額と譲受対価との差額について贈与税課税が生じる可能性があります。
したがって、個人間売買で課税上の問題を避ける実務的な考え方としては、原則として相続税評価額以上で売買することが一つの重要な目安になります。
実務上は、相続税評価額以上の価額で、かつ当事者が合理的に合意した金額で売買することが、課税リスクを抑える基本的な対応になります。
ミカが言った。
「つまり、売買価額を決める実務では、買主側のみなし贈与リスクを避けるため、相続税評価額以上を意識するのですね」
教授がうなずく。
「はい。特に個人間売買では、買主側の贈与税リスクが大きいです」
「ただし、評価計算自体が正しいことが前提ですね」
「もちろんです。相続税評価額以上といっても、その評価額の計算が間違っていれば、土台が傾いています」
社長が言った。
「先生、相続税評価額以上なら絶対安全ですか」
教授は少し考えて言った。
「“絶対”という言葉は、税務実務では高級車より危険です」
「なるほど。安全運転が必要ですね」
「はい。評価会社の内容、株主の立場、同族関係、譲渡制限、直前の議決権割合、特別な事情を確認する必要があります」
相続税評価額以上という考え方は重要な目安ですが、評価方法や個別事情を無視してよいという意味ではありません。
会社に大きな含み益のある土地がある。
直前に大きな資産移動がある。
売買によって会社支配権が移る。
親族間・同族間の売買で価格決定の合理性が弱い。
このような場合には、より慎重な検討が必要です。
6 裁判例その1――所得税基本通達59-6をどう読むか
ここで重要な裁判例として、最高裁令和2年3月24日判決があります。
これは、個人から法人への非上場株式譲渡が問題になった事案で、厳密には個人間売買そのものではありません。
しかし、所得税基本通達59-6をどう読むかを考えるうえで非常に重要です。
事案では、取引相場のない株式が1株75円で譲渡されました。
納税者側は、配当還元方式による価額を根拠に、著しく低い価額による譲渡ではないと考えました。
一方、課税庁側は、所得税法59条1項の時価をより高く評価し、法人への低額譲渡として課税処分をしました。
争点は、非上場株式の評価において、少数株主に当たるかどうかを誰の立場で判定するのかという点です。
譲受人の立場で見るのか。
譲渡人の立場で見るのか。
最高裁は、譲渡所得課税について、資産の値上がり益を、その資産が所有者の支配を離れる機会に清算して課税するものと捉えました。
そのため、譲受人の会社への支配力ではなく、譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきだと判断しました。
最高裁令和2年3月24日判決は、所得税基本通達59-6の評価では、譲受人ではなく譲渡人側の支配力を重視すべきことを示した重要判例です。
ミカが言った。
「つまり、所得税の譲渡所得課税では、“誰が買うか”より、“誰が売るか”が重要になる場面があるのですね」
教授が答えた。
「そうです」
「相続税や贈与税の評価通達を借りるとしても、所得税の目的に合わせて読み替える必要がある」
「そのとおりです」
社長が言った。
「通達を借りるのに、読み替えまで必要なのですか」
「はい」
「まるで、他人のスーツを借りて、自分の体に合わせて直すようなものですね」
「よい例えです。直さずに着ると、税務上の袖が余ります」
この最高裁判決から分かるのは、所得税基本通達59-6の価額は、単純に相続税評価額をコピーするものではないということです。
所得税の譲渡所得課税の趣旨に合わせて、譲渡人側の事情を見て評価する必要があります。
個人間売買の通常の譲渡収入そのものを決める場面ではありませんが、所得税法59条関係の時価を考える場面では重要な裁判例です。
7 裁判例その2――個人間売買でも、買主に贈与税がかかることがある
次に、個人間売買に近い実務上重要な裁判例として、東京地裁平成19年1月31日判決があります。
この事案では、非上場会社の代表取締役が、複数の個人株主からその会社の株式を買い受けました。
ところが、課税庁は、その対価が著しく低いとして、相続税法7条により、時価と対価との差額について買主が贈与により取得したものとみなし、贈与税の決定処分をしました。
裁判では、相続税法7条の「著しく低い価額の対価」に当たるかどうか、また非上場株式の相続税法上の時価をどう評価するかが争われました。
結論として、納税者側は敗訴し、処分は維持されました。
東京地裁平成19年1月31日判決は、個人間で売買契約があっても、対価が著しく低い場合には買主に贈与税が課され得ることを示す重要な事例です。
ミカが言った。
「つまり、個人間で合意した売買価額であっても、安すぎると買主に贈与税がかかることがあるのですね」
教授がうなずく。
「はい。特に買主が代表者や支配株主に近い立場にある場合、株式を買い集めることで経済的利益を得る構図になりやすいです」
「売主が納得して売ったとしても、税務上は贈与税が問題になる」
「そうです。売主の納得と税務上の時価は、別の話です」
社長が言った。
「先生、売主が『この値段でいいです』と言ってもダメなのですか」
教授が答えた。
「契約としては有効でも、税務上は別です」
「本人たちが納得しているのに」
「税務署は、納得よりも経済的利益を見ます」
「なかなか手厳しいですね」
この裁判例は、非上場株式の個人間売買で、買主側の贈与税リスクを考えるうえで重要です。
特に、少数株主から代表者、後継者、支配株主、親族株主に株式を集約する場合には、安い価額で買い集めると、相続税法7条の問題が生じる可能性があります。
売買契約書がある。
代金を支払っている。
当事者が合意している。
それでも、税務上の時価と大きく離れていれば、差額がみなし贈与とされることがあるのです。
非上場株式の売買では、「契約書があるから大丈夫」では足りません。価格の合理性まで説明できる資料が必要です。
8 裁判例その3――「著しく低い価額」は一律ではない
相続税法7条の「著しく低い価額」については、一律の機械的基準だけで決まるわけではありません。
裁判例には、取引相場のない株式の売買について、相続税法7条の「著しく低い価額の対価」に該当しないと判断されたものもあります。
また、土地の親族間売買で、相続税評価額による対価だったため、著しく低い価額には当たらないとされた裁判例もあります。
ただし、土地の裁判例を非上場株式にそのまま当てはめるのは危険です。
土地と株式では、評価の仕組み、取引事情、支配権の有無、買主が得る経済的利益の性質が違います。
ミカが言った。
「つまり、“相続税評価額なら絶対大丈夫”ではなく、“相続税評価額を重要な目安にしながら、個別事情を見る”ということですね」
教授が答えた。
「はい。特に非上場株式は、買主の立場によって価値が変わりやすい資産です」
「少数株主が持っている1株と、支配株主が買い集める1株では、意味が違う」
「そのとおりです」
社長が言った。
「同じ1株でも、人によって重さが違うのですね」
「税務上は、そういうことがあります」
「株式は紙より重い」
「特に同族会社では、議決権が重いです」
相続税法7条の判定では、時価と対価の差だけでなく、当事者の関係、売買の事情、価格決定の合理性、買主が得る経済的利益などが問題になります。
したがって、実務では、価額計算だけでなく、価格決定の経緯を残すことも重要です。
なぜその金額にしたのか。
どの評価方式を使ったのか。
誰の立場で評価したのか。
税理士や専門家の評価資料はあるのか。
株主間でどのような交渉があったのか。
取締役会や株主総会、譲渡承認手続はどうなっているのか。
これらの記録が、あとで大きな意味を持つことがあります。
9 実務では三つの質問に分ける
この論点は、次の三つの質問に分けると整理しやすくなります。
第一に、売主の譲渡所得の収入金額はいくらか。
これは、原則として売買契約の譲渡対価です。
個人間売買である限り、所得税法59条1項により時価で譲渡したものとみなされるわけではありません。
第二に、売主に譲渡損失が出ている場合、その損失は認められるか。
ここでは、譲渡価額が所得税法59条の時価の2分の1未満かどうかが問題になります。
この判定で、所得税基本通達59-6の価額が重要になります。
第三に、買主に贈与税がかかるか。
ここでは、相続税法7条により、著しく低い価額で譲り受けたかどうかが問題になります。
この場合の時価は、原則として相続税評価額を基礎に考えます。
取引相場のない株式の個人間売買では、売主の収入金額、売主の損失否認、買主のみなし贈与を分けて確認することが重要です。
ミカが言った。
「つまり、“売買価額はいくらにすべきか”という一つの質問に見えて、実は三つの税務チェックがあるのですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「売主の収入金額」
「はい」
「売主の損失否認」
「はい」
「買主のみなし贈与」
「その三つです」
社長が言った。
「先生、まるで税務署が三方向から見ているようですね」
教授は言った。
「非上場株式の売買では、三方向どころか、株主名簿の後ろからも見ています」
「怖いですね」
「怖がる必要はありません。整理すればよいのです」
10 価格決定で残すべき資料
取引相場のない株式を個人間で売買する場合、実務では資料整備が重要です。
まず、株式評価明細書を作成します。
評価会社の規模区分、同族株主判定、中心的な同族株主の有無、議決権割合、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式の適用関係を確認します。
次に、売主と買主の関係を確認します。
親族か。
同族関係者か。
役員か。
後継者か。
支配株主か。
少数株主か。
売買前後で議決権割合がどう変わるか。
この確認が必要です。
さらに、売買価額の決定理由を残します。
相続税評価額を基礎にしたのか。
専門家の評価を取ったのか。
交渉経緯があるのか。
少数株主からの買取りなのか。
会社の支配権移転を伴うのか。
譲渡制限株式の承認手続はどうしたのか。
非上場株式の売買では、契約書、評価明細書、株主関係の整理、価格決定の理由をセットで残すことが大切です。
ミカが言った。
「非上場株式の売買は、契約書だけでは足りないのですね」
教授が答えた。
「はい。契約書はゴールではなく入口です」
「評価資料、株主関係、議決権、交渉経緯も必要」
「そのとおりです」
社長が言った。
「先生、株式の売買なのに、ほとんど会社の健康診断ですね」
「実際、そのようなものです。株価評価は、会社の体重、血圧、筋肉量を見るような作業です」
「では、うちの会社もメタボ判定されますか」
「純資産が重い会社は、別の意味で重く評価されます」
11 実務上の結論
最後に、今回の論点を実務的にまとめます。
取引相場のない株式を個人間で売買する場合、売主の譲渡所得の収入金額は、原則として当事者が定めた売買代金です。
個人間売買には、所得税法59条1項の時価みなし譲渡は直接適用されません。
ただし、時価の2分の1未満で譲渡し、譲渡損失が生じる場合には、その損失がなかったものとみなされることがあります。
この判定では、所得税基本通達59-6の価額が問題になります。
一方、買主については、相続税法7条のみなし贈与に注意が必要です。
著しく低い価額で非上場株式を譲り受けたと認められると、相続税評価額と譲受対価との差額について贈与税が課される可能性があります。
実務上の基本方針は、相続税評価額以上の価額で、かつ当事者が合理的に合意した金額で売買することです。
ただし、相続税評価額以上なら常に絶対安全というわけではありません。
評価計算が正しいこと。
売主・買主の株主区分が正しく判定されていること。
価格決定の合理性があること。
当事者間の関係や経済的利益の移転が説明できること。
これらが大切です。
ミカが言った。
「先生、今日の結論は、“どちらの価額か”ではなく、“どの税目の何を判定する価額か”を見よ、ですね」
教授がうなずいた。
「そのとおりです」
社長が言った。
「つまり、所得税には所得税の物差し、贈与税には贈与税の物差しがある」
「はい」
「そして、非上場株式は、物差しを間違えるとすぐ斜めに測ってしまう」
「まさに実務のポイントです」
非上場株式の個人間売買では、まず税目を分け、次に誰の立場で評価するのかを確認することが最重要です。
非上場株式の売買は、単に「いくらで売るか」の問題ではありません。
誰が売るのか。
誰が買うのか。
売買前後で支配関係はどう変わるのか。
売主には譲渡益が出るのか、譲渡損が出るのか。
買主には経済的利益が移るのか。
その価額は相続税評価額と比べてどうか。
所得税基本通達59-6の時価判定が問題になる場面か。
これらを順番に確認する必要があります。
教授が最後に言った。
「非上場株式の売買では、値段を決める前に、まず税目を分けることです」
ミカがうなずいた。
「同じ株式でも、所得税と贈与税では見ている景色が違うのですね」
社長が腕を組んだ。
「先生、私は今日から、株価を見る前に、誰の税金かを見ることにします」
教授は笑った。
「それが、非上場株式の売買で迷子にならない第一歩です」
取引相場のない株式には、市場価格という分かりやすい看板がありません。
だからこそ、評価通達、所得税基本通達、相続税法7条、裁判例を手がかりに、慎重に価額を決める必要があります。
株式の値段は、契約書に一つだけ書かれます。
しかし税務実務では、その一つの値段を、所得税と贈与税が別々の角度から眺めています。
その視線に耐えられる価格と資料を用意することが、取引相場のない株式の個人間売買における最も現実的な安全策です。
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