⚖️ 税務実務の読み解きノート建替中でも事業は続いていた――貸家建替中の土地にも小規模宅地等の特例が使えるか
1 事件の概要
ミカ「先生、貸家を建替えている最中に相続が起きたら、その土地に小規模宅地等の特例は使えますか」
教授「使える場合があります。ただし、建替中だから自動的にOKではありません」
ミカ「建物がまだ完成していないと、貸していない土地に見えますね」
教授「そこが今回の論点です。税務では、工事中の足場だけでなく、貸付事業が続いていたかを見ます」
今回の事例は、平成2年7月6日裁決です。被相続人は、本件宅地を含む土地上にあった旧建物を長期間賃貸していました。その後、旧建物敷地の一部を譲渡し、その買換資産として、相続開始時点では残りの宅地に新建物を建築中でした。新建物完成後、相続人は直ちに賃貸しています。また、被相続人はこの旧建物以外にも24戸のマンションを賃貸していました。審判所は、これらの事情から、不動産貸付は社会通念上、事業というべき規模・対価・継続性を備えていたと判断しました。(KFS)
ミカ「つまり、建物が一時的にないように見えても、貸付事業そのものは続いていたと見たのですね」
教授「はい。建物は建替中でも、事業の心臓は止まっていなかったわけです」
2 原告、つまり請求人側の主張
正式には裁判ではなく審査請求なので、「原告」ではなく請求人です。
請求人側の主張は、次のようなものです。
旧建物は長期間賃貸されていた。
旧建物の敷地の一部を譲渡したことに伴い、買換資産として新建物を建築していた。
新建物は完成後すぐ賃貸された。
被相続人は他にも多数の賃貸物件を持ち、不動産貸付を事業として行っていた。
したがって、建替中の本件宅地も、相続開始直前において事業の用に供されていた宅地等に当たる。
ミカ「請求人側は、“工事中だから貸していない”ではなく、“貸すために建替えていた”と主張したのですね」
教授「そのとおりです」
ミカ「休業ではなく、リニューアル工事」
教授「まさに。税務で大事なのは、シャッターを閉めた理由です」
3 被告、つまり原処分庁側の見方
こちらも正式には「被告」ではなく、原処分庁です。
原処分庁側は、おそらく次のように見たと考えられます。
相続開始時点で旧建物はなく、新建物は建築中である。
そのため、相続開始直前に現実に賃貸されていた建物の敷地とはいえない。
貸家建付地としての評価もできない。
したがって、小規模宅地等の特例の対象となる事業用宅地等には当たらない。
ミカ「税務署側は、相続開始時点の写真を見たのですね」
教授「そうです。更地または建築中に見える」
ミカ「一方、請求人側は、過去から将来までの事業の流れを見てほしいと」
教授「はい。税務では、静止画で見るか、動画で見るかで判断が変わることがあります」
4 審判所の判断
審判所は、請求人側の主張を認めました。
判断の柱は、次の点です。
旧建物が長期間賃貸されていたこと。
旧建物敷地の一部譲渡に伴う買換資産として、新建物が建築中だったこと。
新建物完成後、相続人が直ちに賃貸していること。
被相続人が旧建物以外にも24戸のマンションを賃貸していたこと。
これらから、被相続人の不動産貸付は、社会通念上、事業というべき規模、対価、継続性を備えているとされました。また、本件宅地は貸家建付地として評価できないとしても、事業の面から見れば、旧建物から新建物への建替えには事業の継続性があるため、相続開始直前においても被相続人の事業の用に供されていたと判断されました。(KFS)
ミカ「貸家建付地として評価できないことと、小規模宅地等の特例が使えるかは別問題なのですね」
教授「重要です。評価単位の話と、特例適用の話は、似ているようで別の論点です」
ミカ「税務は、似た顔の論点が多いですね」
教授「親戚のようで、戸籍は別です」
5 この裁決の核心
この裁決の核心は、建替中という一時的な状態を、事業の中断ではなく、事業継続の一部と見たことです。
単に古い貸家を壊して放置していたなら、話は違ったはずです。しかし本件では、旧建物の賃貸実績があり、新建物の建築理由があり、完成後の賃貸実績があり、さらに被相続人の不動産貸付全体が事業規模でした。
ミカ「つまり、建替中の土地が助かったのではなく、貸付事業の流れが助かったのですね」
教授「そのとおりです。土地だけを見ると工事中。事業を見ると継続中です」
6 現在の実務での位置づけ
現在の小規模宅地等の特例では、対象となる宅地等は、特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等、特定居住用宅地等、貸付事業用宅地等などに区分されます。貸付事業用宅地等を含めて選択する場合には、限度面積の計算上、貸付事業用宅地等は200㎡を基準に判定されます。(国税庁)
また、国税庁は、不動産貸付け等について、事業と称するに至らない不動産の貸付け等であっても、相当の対価を得て継続的に行うものを「準事業」として説明しています。(国税庁)
ミカ「昔の裁決だから、そのまま現在の条文に当てはめるのではなく、考え方を使うのですね」
教授「はい。実務では、現行法の要件を確認したうえで、事業の継続性をどう証明するかが大事です」
7 実例で考える
実例1 特例を説明しやすいケース
父が長年、貸家3棟とアパート20室を賃貸していた。老朽化した貸家1棟を取り壊し、新しい賃貸住宅を建築中に相続が発生した。建築請負契約書、設計図、融資資料、入居募集の準備資料があり、完成後すぐに賃貸を開始した。
この場合、貸付事業の継続性を説明しやすいです。
ミカ「これは、賃貸事業の建替プロジェクトですね」
教授「はい。空白ではなく、工事中の継続です」
実例2 特例が危ないケース
古い貸家を取り壊した後、土地を更地のまま2年間放置していた。建築契約もなく、入居者募集もなく、資金計画もない。相続開始後、相続人が売却を検討している。
この場合、貸付事業が継続していたとは説明しにくいです。
ミカ「これは建替中ではなく、ただの空白ですね」
教授「はい。税務署から見ると、事業の時計が止まっています」
実例3 判断が分かれやすいケース
貸家を取り壊し、建替えの見積りは取っていたが、建築請負契約は相続開始後。被相続人は高齢で判断能力も低下し、具体的な募集計画はなかった。ただし、過去には長期間賃貸していた。
この場合、資料次第です。見積書、設計打合せ記録、金融機関との相談資料、相続後の建築・賃貸開始までの経緯が重要になります。
ミカ「過去に貸していたことだけでは足りないのですね」
教授「はい。過去の実績に、未来へ向かう行動がつながっているかです」
8 税理士のミカタ
税理士として見ると、この裁決は、相続直前に賃貸物件の建替えがある場合の重要な判断材料になります。
小規模宅地等の特例では、相続開始直前の利用状況が重視されます。しかし、建替えの場合は、相続開始直前だけを切り取ると、建物がなく、貸付けもないように見えます。
そこで実務では、建替えが貸付事業の廃止ではなく、継続の一環であることを資料で示す必要があります。
確認すべき資料は、次のとおりです。
・旧建物の賃貸借契約書
・過去の家賃入金記録
・不動産所得の申告内容
・建物取壊しの理由
・建替え計画書
・建築請負契約書
・設計図、確認申請書
・融資申込書、資金計画
・完成後の賃貸借契約書
・入居募集資料
・管理会社とのやり取り
・相続後すぐ賃貸した事実
ミカ「先生、建替中の特例は、資料がないと危ないですね」
教授「はい。建物がない時期ほど、資料で事業を見せる必要があります」
ミカ「現場に建物がなくても、ファイルの中に事業が残っているか」
教授「それが実務です」
9 実務上の注意点
実務で特に注意すべきなのは、建替えの目的です。
単に古くなったから壊した。将来どうするかは未定。売るか貸すかも決まっていない。こういう状態では、貸付事業の継続性は弱くなります。
一方で、旧建物の賃貸を続けてきた実績があり、建替えの計画が具体的で、工事が進み、完成後すぐに賃貸しているなら、事業継続の説明は強くなります。
ミカ「建替中という言葉だけでは足りない」
教授「はい。建替えの前後が一本の賃貸事業としてつながっているかが大事です」
ミカ「税務署は、工事看板より、事業の連続ドラマを見る」
教授「いい表現です。しかも録画資料付きでお願いします」
10 まとめ
今回の裁決は、貸家用家屋の建替中の敷地について、被相続人の不動産貸付が事業規模であり、建替えにも事業の継続性が認められるとして、事業用の小規模宅地等の特例の適用が認められた事例です。審判所は、旧建物の長期賃貸、新建物の建築目的、完成後直ちに賃貸された事実、他に24戸のマンションを賃貸していた事実などを総合して、本件宅地は相続開始直前においても事業の用に供されていたと判断しました。(KFS)
ミカ「今日の結論は、建替中でも、事業が続いていれば特例の可能性がある、ですね」
教授「はい」
ミカ「ただし、建替計画、契約、完成後の賃貸、過去の貸付実績が必要」
教授「そのとおりです」
ミカ「建物は工事中でも、事業は営業中」
教授「まさに今回のタイトルです」
教授は最後に言った。
「小規模宅地等の特例では、建物の有無だけでなく、事業の息づかいを見ます。建替中でも、その息が続いていれば、土地はまだ事業の現場です」
ミカが笑った。
「つまり、建物は足場の中でも、税務上の事業はヘルメットをかぶって働いていたのですね」
