⚖️ 税務実務の読み解きノート役員給与の「形式基準限度額」をめぐる裁決
――決定書に書いた月額50万円は、限度額か、内訳か
※以下の金額は、内容を分かりやすくするための仮の金額です。実際の裁決上の金額そのものではありません。
「先生、役員報酬って、社員総会や株主総会で決めておけば大丈夫ですよね」
ミカが資料を見ながら尋ねた。
教授は、少し笑って答えた。
「“決めておけば大丈夫”という言葉は、税務実務ではなかなか危険です」
「やはり、決め方の問題ですか」
「はい。今回の裁決は、まさに役員給与をいくらと決めたのか、そして書類に書かれた金額をどう読むのかが争われた事例です」
「役員給与そのものが高すぎるかどうかの事件ではないのですか」
「そこが面白いところです。金額が実質的に高すぎるかではなく、形式基準、つまり“会社が決めた上限を超えているか”が問題になりました」
「形式基準ですか。いかにも書類の匂いがしますね」
「そのとおりです。税務署は、書類の行間まで読みに来ることがあります」
今回は、国税不服審判所の裁決を題材に、役員給与の損金算入と「不相当に高額な役員給与」の形式基準について整理します。
この事件のポイントは、役員給与が本当に高すぎたのかではなく、会社が決定した役員給与の限度額をどう認定するかにあります。
仮に、ある取締役について、会社の決定書には「役員報酬月額50万円」と書かれていたとします。
しかし、会社は別紙の支給明細書で「現場業務相当分月額70万円」も記載しており、実際には合計月額120万円を毎月支給していました。
税務署側は、「決定書に役員報酬月額50万円とあるのだから、形式基準限度額は50万円だ。実際支給額120万円との差額70万円は限度額超過だ」と見ました。
一方、会社側は、「月額50万円は役員職務部分の内訳にすぎない。実際には、取締役への給与総額として月額120万円を決定していた」と主張しました。
つまり、争いはこうです。
税務署:限度額は月額50万円。
会社:限度額は月額120万円。50万円は内訳にすぎない。
ミカが言った。
「先生、これはかなり実務で起こりそうですね」
教授がうなずいた。
「はい。役員給与は、金額だけでなく、書類の書き方で揉めることがあります」
「金額は同じでも、書き方で税務上の意味が変わる」
「まさにそこです」
1 事件の概要
この会社は、同族会社である特例有限会社でした。
問題になったのは、ある取締役に対する給与です。
その取締役は、会社設立当初から使用人として働き、その後、取締役に就任してからも、現場責任者のような業務を続けていました。
会社側の感覚としては、こうです。
この人は取締役である。
しかし、現場の仕事もしている。
だから、給与の中身を「役員としての部分」と「現場業務に対応する部分」に分けて管理していた。
ミカが言った。
「会社の感覚としては、使用人兼務役員のように見ていたのですね」
教授が答えた。
「はい。ただし、法人税法上の使用人兼務役員に該当するかどうかは別問題です」
本件取締役は、株式を相当程度保有していたため、法人税法上の使用人兼務役員には該当しないとされました。
この点については、大きな争いはありません。
つまり、会社の感覚では「現場もやっている取締役」でしたが、税法上は「使用人兼務役員ではない取締役」と扱われます。
ここが最初の注意点です。
会社内部で現場業務をしているからといって、法人税法上の使用人兼務役員になるとは限りません。
社長なら、こう言うかもしれません。
「先生、現場で汗をかいているなら使用人ではないのですか」
教授なら、こう答えるでしょう。
「税法は、汗の量より株式割合と役職を見ます」
「なかなか冷静ですね」
「税法はタオルを持ってきません。条文を持ってきます」
2 何が問題になったのか
会社は、本件取締役に対して、毎月120万円を支給していたとします。
ただし、その内訳として、決定書には役員報酬部分として月額50万円を記載し、別紙の支給明細書には現場業務相当分として月額70万円を記載していました。
会社の考えは、月額50万円と月額70万円を合わせた月額120万円が、その取締役への給与総額だというものです。
ところが税務署側は、これを違う角度から見ました。
本件取締役は法人税法上の使用人兼務役員ではない。
したがって、会社が「賃金」や「現場業務相当分」と呼んでいても、支給額全体は役員給与である。
そのうえで、決定書に明確に「役員報酬月額50万円」と書かれている。
ならば、形式基準限度額は月額50万円である。
実際には月額120万円を支給している。
したがって、差額の月額70万円は、形式基準限度額を超える不相当に高額な役員給与であり、損金不算入である。
これが税務署側の考え方です。
ミカが言った。
「税務署から見ると、かなり筋が通っているようにも見えますね」
教授が答えた。
「はい。決定書だけを見れば、そう読める余地があります」
「決定書に月額50万円とある」
「はい」
「実際には月額120万円を支給している」
「はい」
「では70万円オーバーですね、という考え方ですね」
「そうです。ただし、問題は、その50万円が本当に“限度額”として決められたものだったのか、という点です」
「限度額か、内訳か」
「今回の事件は、そこが勝負です」
3 法人税法上の役員給与の考え方
役員給与は、法人税で非常に注意が必要な費目です。
法人税法34条では、役員給与について、一定の要件を満たすものだけが損金算入できる仕組みになっています。
また、役員給与のうち、不相当に高額な部分の金額は損金に算入されません。
この「不相当に高額」かどうかには、大きく二つの見方があります。
ひとつは、実質基準です。
職務内容、会社の収益、使用人給与、同業類似法人の役員給与などを見て、職務の対価として高すぎるかどうかを判断します。
もうひとつは、形式基準です。
定款や社員総会、株主総会などで役員給与の限度額を定めている場合、その限度額を超えて支給していないかを判断します。
ミカが整理した。
「実質基準は、中身として高すぎるか」
「はい」
「形式基準は、決めた上限を超えていないか」
「そのとおりです」
「今回問題になったのは形式基準ですね」
「はい。実質的に月額120万円が高すぎるかではなく、会社が決めた限度額が50万円なのか120万円なのかが問題になりました」
ここで重要なのは、税務署側も、必ずしも月額120万円が職務内容に比べて高すぎると主張したわけではないことです。
問題にされたのは、会社の書類上、限度額が月額50万円に見えるという点です。
役員給与では、金額そのものだけでなく、決議・決定・記録の整合性が非常に重要です。
4 原処分庁の主張
原処分庁、つまり税務署側の主張は、次のように整理できます。
本件取締役は、法人税法上の使用人兼務役員ではない。
したがって、支給された給与はすべて役員給与である。
会社の決定書には、本件取締役の役員報酬として月額50万円と記載されている。
この月額50万円が、本件取締役に係る形式基準限度額である。
にもかかわらず、会社は実際には月額120万円を支給している。
したがって、差額の月額70万円は限度額超過であり、不相当に高額な役員給与として損金不算入である。
ミカが言った。
「税務署側は、“決定書に書いてある月額50万円がすべてだ”と見たのですね」
教授がうなずいた。
「そうです」
「そして、別紙の70万円部分は、法人税法上の使用人兼務役員ではない以上、役員給与に含める」
「はい」
「でも、決定書上の限度額は50万円だから、70万円分がオーバー」
「その理屈です」
教授は続けた。
「税務署側の読み方は、形式面を重視するものです。書類に“役員報酬月額50万円”と書いた以上、それを限度額と見るわけです」
ミカが言った。
「税務署は、書類をそのまま読んだのですね」
「はい。ただし、審判所は、書類を一枚だけでなく全体として読みました」
「一枚読みか、ファイル読みか」
「いい表現です」
5 請求人の主張
会社側、つまり請求人の主張は、次のようなものです。
本件取締役に対しては、給与総額として月額120万円を支給することを決定していた。
そのうち、月額50万円は取締役としての職務部分である。
残りの月額70万円は、現場責任者としての業務や従来からの勤務実態を踏まえた部分である。
本件決定書には月額50万円と記載したが、それは給与総額120万円のうち、役員職務部分を示した内訳にすぎない。
月額70万円については、別紙の支給明細書に記載しており、本件決定書と支給明細書は一体として管理されていた。
したがって、月額50万円は形式基準限度額ではなく、月額120万円の積算根拠の一部にすぎない。
ミカが言った。
「会社側の主張は、“決定していたのは月額120万円で、50万円は内訳です”ということですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「たとえば、請求書に“本体価格50万円、作業費70万円、合計120万円”と書いてあるようなものですね」
「近いですね。合計額を決めていて、その内訳として50万円と70万円があるということです」
「でも、法人税法上は使用人兼務役員ではない」
「はい。そこが会社にとって危ないところでした」
「使用人分として書いた70万円が、税務署には“決議外の役員給与”に見えた」
「そのとおりです」
会社側は、月額120万円を決定していたことを、決定書・支給明細書・支給実績・代表者の説明から立証しようとしました。
6 審判所の判断
審判所は、原処分庁の主張を採用しませんでした。
審判所は、代表取締役が本件取締役に対する給与総額として月額120万円を決定していたと認定しました。
そのうえで、本件決定書に記載された月額50万円は、形式基準限度額ではなく、給与総額120万円を構成する一部、つまり積算根拠にすぎないと判断しました。
審判所が見たのは、決定書だけではありません。
本件決定書。
本件支給明細書。
給与の支給状況。
代表取締役の答述。
書類が作成された経緯。
これらを総合して、会社が実際に何を決めていたのかを判断しました。
ミカが言った。
「つまり、審判所は“50万円”という数字だけを切り取らなかったのですね」
「はい」
「決定書と支給明細書を一体として見た」
「そのとおりです」
「税務署は50万円の欄を見た。審判所は120万円の全体像を見た」
「非常に分かりやすいまとめです」
さらに、会社では、社員総会で役員給与の総額枠を定め、各取締役への具体的な割当ては代表取締役に一任していました。
仮に、その総枠が年額5,000万円以内であり、実際の役員給与総額がその範囲内に収まっていたとします。
この場合、代表取締役が月額120万円と決定していたのであれば、社員総会で定めた総額枠にも収まっていることになります。
そのため、審判所は、形式基準を超える金額があるとは認めませんでした。
また、実質基準でも、不相当に高額な部分はないと判断されました。
結論として、月額120万円の役員給与について、不相当に高額な部分はないとされました。
7 ただし、未払給与は別問題
ミカが言った。
「では、会社側の完全勝利ですか」
教授は首を振った。
「そこが税務の油断できないところです。役員給与の過大認定については会社側が勝ちましたが、未払給与については別問題が残りました」
会社は、ある事業年度末に、翌期に支給される給与の一部を未払費用として計上していました。
仮に、11月決算の会社が、12月に支給する予定の役員給与120万円の一部を、11月期の未払費用として計上したようなケースです。
しかし、審判所は、この未払給与について、当期の定期同額給与には該当しないとして、損金算入を認めませんでした。
ミカが言った。
「つまり、月額120万円そのものは過大ではないけれど、未払計上した分は損金にならないということですね」
教授がうなずいた。
「はい」
「勝った論点と負けた論点が違う」
「そのとおりです」
「税務裁決は、勝ち負けが一色ではないですね」
「はい。勝ったと思ったら、別の角から注意点が出てきます」
役員給与は、支給時期と支給額のルールが非常に重要です。
期末に未払計上すれば、何でも損金になるわけではありません。
特に役員給与については、定期同額給与、事前確定届出給与、業績連動給与など、損金算入できる類型に該当するかを慎重に確認する必要があります。
役員給与は、金額だけでなく、支給時期と支給方法でも損金性が左右されます。
8 この裁決の意味
この裁決の面白さは、単に「役員給与が高いか安いか」という話ではない点です。
むしろ、会社が何を決定したのかを、どの書類からどう認定するかが中心です。
原処分庁は、本件決定書に記載された月額50万円を、形式基準限度額と見ました。
しかし審判所は、それを限度額ではなく、月額120万円の積算根拠と見ました。
この差は非常に大きいです。
もし原処分庁の考え方が通れば、月額120万円のうち70万円は限度額超過として損金不算入になります。
一方、審判所の考え方では、会社が実際に月額120万円を決定しており、その総額が社員総会の総枠内に収まっていれば、形式基準超過とはいえません。
ミカが言った。
「つまり、税務署は“役員報酬欄の50万円”を見た。審判所は“給与総額120万円の決定”を見た」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「この裁決は、書類の表面だけでなく、作成経緯や実際の運用も重要だと示していますね」
「はい。ただし、だからといって書類が雑でよいという意味ではありません」
「むしろ逆ですね」
「そうです。今回は会社側の説明が通りましたが、最初から誤解されない書類を作るべきです」
税務実務では、あとで説明できる書類ではなく、最初から誤解されない書類を作ることが重要です。
9 税理士としての意見
税理士としてこの裁決を見ると、審判所が会社側の主張を認めた点は理解できます。
本件取締役は、実際に現場業務を継続しており、会社も従来から給与の中身を区分して管理していました。
また、決定書と支給明細書が一体として保管されており、代表取締役の説明とも整合していました。
そのため、月額50万円だけを形式基準限度額と見るのは、会社の実態を十分に反映していなかったといえます。
ただし、実務家としては、かなり危ない処理だったとも感じます。
理由は明確です。
本件取締役は、法人税法上の使用人兼務役員ではありません。
それにもかかわらず、会社は給与の一部を「賃金」や「現場業務分」のように区分していました。
さらに、決定書には月額50万円だけが目立つ形で書かれ、月額70万円は別紙に記載されていました。
これは、調査官から見れば、「決定書に書いてある50万円が役員給与の上限ではないか」と疑われても仕方がありません。
ミカが言った。
「つまり、会社側は勝ったけれど、処理としてはかなり危なかったのですね」
教授が答えた。
「はい。今回は、書類全体の整合性や代表者の説明が信用されたから救われた面があります」
「別の事案なら負ける可能性もある」
「十分あります」
「勝った裁決を見て安心するのではなく、なぜ争いになったかを見るべきですね」
「まさにそのとおりです」
私見としては、法人税法上の使用人兼務役員に該当しない取締役について、現場業務分を含めて給与を支給するなら、最初から次のように書くべきです。
本件取締役の役員給与総額は月額120万円とする。
その内訳は、役員職務相当分50万円、現場管理業務相当分70万円とする。
ただし、本件取締役は法人税法上の使用人兼務役員には該当しないため、法人税法上は総額120万円を役員給与として取り扱う。
このように書いておけば、少なくとも「50万円だけが形式基準限度額だ」という誤解は避けやすくなります。
役員給与の決定書には、総額・内訳・税務上の位置付けを明確に書くべきです。
10 実務上の教訓
この裁決から得られる教訓は、かなり実務的です。
第一に、役員給与の決議は、総額と個別額を明確にすることです。
社員総会や株主総会で総枠を決めるだけでなく、誰にいくら支給するのかを代表取締役の決定書などに明確に残す必要があります。
第二に、代表取締役に一任する場合でも、その後の個別決定内容を必ず書面に残すことです。
一任しただけではなく、実際に代表取締役が誰に月額いくら支給すると決めたのかが重要です。
第三に、内訳を分ける場合は、その意味を明記することです。
たとえば、月額120万円のうち、役員職務相当分50万円、現場業務相当分70万円とするなら、それが総額の内訳であって、50万円だけが限度額ではないことを明示すべきです。
第四に、法人税法上の使用人兼務役員に該当するかを慎重に判定することです。
労働保険上の扱い、社内での呼び方、現場で働いている実態と、法人税法上の使用人兼務役員の判定は一致するとは限りません。
第五に、役員給与の未払計上には注意することです。
未払費用として処理しても、定期同額給与の要件を満たさなければ、損金算入できない場合があります。
ミカが言った。
「先生、今回の裁決は“書類に救われた事件”ですね」
教授が答えた。
「はい。ただし、“書類で揉めた事件”でもあります」
「救ったのも書類、揉めさせたのも書類」
「そのとおりです」
「書類は味方にも敵にもなるのですね」
「税務実務では、かなり強力な登場人物です」
11 まとめ
今回の裁決は、取締役に対する役員給与について、形式基準限度額を超えた不相当に高額な部分があるかが争われた事例です。
仮の金額で整理すると、会社は本件取締役に月額120万円を支給していました。
しかし、決定書には役員報酬部分として月額50万円が記載され、別紙の支給明細書には現場業務相当分として月額70万円が記載されていました。
原処分庁は、月額50万円を形式基準限度額と見て、実際支給額120万円との差額70万円を損金不算入としました。
これに対し、請求人は、月額120万円が給与総額として決定されており、月額50万円は内訳・積算根拠にすぎないと主張しました。
審判所は、請求人側の主張を認め、本件決定書の月額50万円は形式基準限度額ではなく、月額120万円の積算根拠の一部にすぎないと判断しました。
そのため、本件役員給与について、不相当に高額な部分はないとされました。
ただし、期末に未払計上した役員給与については、定期同額給与に該当せず、損金算入できないと判断されています。
ミカが最後に言った。
「先生、今日の結論は、役員給与は金額だけでなく、決め方と書き方が大事、ですね」
教授がうなずいた。
「そのとおりです」
「総額120万円と決めたなら、総額120万円と明確に書く」
「はい」
「50万円と70万円に分けるなら、それが内訳だと書く」
「はい」
「法人税法上は総額が役員給与になるなら、その前提も意識する」
「そのとおりです」
「書類は、あとから説明するためではなく、最初から誤解されないために作る」
「まさに実務の核心です」
役員給与は、毎月支払っているから安心というものではありません。
誰に、いくら、どの決議に基づき、どの職務の対価として、どの時期に、どの科目で処理したのか。
ここまで説明できて、はじめて税務調査に耐えられます。
教授は最後に言った。
「役員給与は、金額より先に、決議と記録です」
ミカが笑った。
「役員報酬にも、履歴書が必要ですね」
「そのとおりです。しかも、税務署はその履歴書の空欄を見逃しません」
税務実務では、書類はただの紙ではありません。
それは、会社が何を決め、何を支払い、なぜ損金にしたのかを語る証人です。
今回の裁決は、その証人の証言がどう読まれるかを教えてくれる、実務上かなり示唆に富む事例です。
