⚖️ フェラーリ譲渡事件の整理?税務実務の読み解きノート🧠税法・判例・通達から考える実務判断
――希少価値あるフェラーリは「減価償却資産」か
「先生、フェラーリって、税法上は何ですか?」
ミカが、資料を片手にそう尋ねた。
教授は、コーヒーを一口飲んでから答えた。
「少なくとも、税務署の前では“夢”ではなく“自動車”です」
「夢がないですね」
「税法は、夢を否定しません。ただ、申告書には分類欄があります」
そこへ、いつもの中小企業の社長が顔を出した。
「先生、フェラーリの話ですか。うちも社用車をフェラーリにしたら、営業成績が上がるかもしれません」
教授は静かに言った。
「社長、それは営業車ではなく、税務調査を呼ぶ赤い招待状です」
今回は、いわゆるフェラーリ譲渡事件を取り上げます。
希少価値のあるフェラーリを売却した場合、その車両は税法上、普通の自動車と同じように「使用又は期間の経過により減価する資産」と扱われるのか。
それとも、骨とう品や美術品のように、時の経過によって価値が減少しない資産として扱われる余地があるのか。
一見すると、高級車好きの世界の話に見えます。
しかし実務上は、非事業用資産の譲渡所得計算において、取得費をどう見るかという重要な問題です。
フェラーリのエンジン音は華やかですが、税務上の争点はかなり硬派です。
1 事件の概要――値上がりしたフェラーリを売却したら
ミカが資料を読み上げた。
「対象になった主な車両は、フェラーリF50とフェラーリ512TRですね」
教授がうなずく。
「はい。いずれも普通の中古車というより、コレクター市場でも注目される車両です」
本件では、個人納税者が所有していたフェラーリ社製の車両を売却した際、その車両が所得税法38条2項の**「使用又は期間の経過により減価する資産」**に当たるかどうかが争われました。
第一審は、東京地裁令和5年3月9日判決。
控訴審は、東京高裁令和5年11月30日判決。
いずれも納税者側の請求は棄却され、その後、上告棄却・上告不受理となっています。
対象となった主な車両は、フェラーリF50とフェラーリ512TRです。
フェラーリF50は、平成9年に約5,390万円で購入され、平成27年に1億3,500万円で売却されました。
フェラーリ512TRは、平成4年に2,000万円で購入され、平成28年に2,300万円で売却されました。
社長が目を丸くした。
「先生、車って普通は値下がりするものですよね」
「普通はそうです」
「でも、F50は約5,390万円で買って、1億3,500万円で売れたんですよね。これはもう車というより、走る金塊ではありませんか」
教授はうなずいた。
「社長、気持ちは分かります。ただし税法上は、金塊かどうかではなく、まずその資産が何かを見ます」
「フェラーリはフェラーリでしょう」
「税法上は、まず自動車です」
「夢がボンネットの上から落ちました」
本件で課税庁は、これらのフェラーリを通常の自動車と同じく、使用又は期間の経過により減価する資産と見ました。
そのため、取得価額をそのまま取得費とせず、減価償却費相当額を控除した後の金額を取得費としました。
その結果、F50の取得費は約5,390万円ではなく、675万円とされました。
512TRの取得費は2,000万円ではなく、115万円とされました。
ミカが驚いた。
「取得費がそこまで小さくなるのですか」
教授が答えた。
「はい。だからこそ、譲渡所得の金額が大きく変わります」
F50について、売却価額は1億3,500万円です。
取得費を購入価額約5,390万円と見るなら、単純計算では差額は約8,110万円です。
しかし、取得費を675万円と見るなら、差額は約1億2,825万円になります。
同じフェラーリを売却しても、取得費の見方によって課税所得が大きく変わるわけです。
ミカが言った。
「フェラーリの値段もすごいですが、取得費の変化もすごいですね」
教授は言った。
「この事件では、エンジン音よりも、所得計算の音のほうが大きかったのです」
2 争点――フェラーリは「減価する資産」なのか
この事件の争点は、端的にいえば次の点です。
フェラーリF50とフェラーリ512TRは、所得税法38条2項の『使用又は期間の経過により減価する資産』に該当するか。
譲渡所得を計算する際、取得費は重要です。
原則として、取得費は資産を取得するために要した金額です。
しかし、使用や時の経過によって減価する資産については、取得価額から減価償却費相当額を控除した金額を取得費とすることになります。
ミカが整理する。
「つまり、買ったときの値段をそのまま取得費にできるのか、それとも税法上、年数が経った分だけ差し引くのか、という問題ですね」
「そのとおりです」
「そして、その対象がフェラーリだったために、話が一気にドラマチックになったわけですね」
「普通の軽自動車なら、ここまで話題にはならなかったでしょう」
社長が言った。
「先生、軽自動車も頑張っています」
「もちろんです。ただ、軽自動車が1億円を超えて売れる事件は、なかなか起きません」
この事件のポイントは、フェラーリが非常に希少価値の高い車両であり、実際に購入価額を上回る金額で売却されていたことです。
納税者側は、フェラーリF50や512TRは単なる移動手段ではなく、希少性やブランド価値、コレクター市場での評価によって価格が形成されていると主張しました。
そのため、使用や期間の経過によって価値が減少する通常の自動車とは異なると考えたわけです。
一方、課税庁側は、自動車である以上、原則として減価する資産であると主張しました。
フェラーリであっても、自動車の本来的な効用は走行にあり、使用や時の経過によって部品や性能が劣化することは避けられないという考え方です。
ミカが言った。
「つまり、納税者側は“走るコレクション資産”と見た。課税庁側は“高級であっても自動車”と見たわけですね」
教授がうなずいた。
「実務上は、その整理でよいでしょう」
3 課税庁側の考え方――フェラーリであっても自動車は自動車
教授はホワイトボードに大きく書いた。
フェラーリであっても、自動車である以上、原則として減価する資産
ミカが言った。
「かなり明快ですね」
「税務行政では、この明快さが重要です」
課税庁側の主張は、資産の類型を重視するものです。
所得税法上、車両及び運搬具は減価償却資産に含まれます。
自動車は、耐用年数省令上も減価償却資産として扱われます。
したがって、フェラーリであっても、自動車である以上、原則として使用又は期間の経過により減価する資産に該当する、という考え方です。
社長が言った。
「でも先生、F50は実際に値上がりしていますよね」
「はい」
「それでも減価する資産なのですか」
「この事件では、個別の売却価格が上がったかどうかではなく、資産の類型として、使用や期間の経過によって減価する性質があるかどうかが重視されました」
課税庁側から見ると、個別に値上がりした資産をすべて「減価しない資産」として扱うと、判断が不安定になります。
たとえば、限定生産の高級車。
高級時計。
ヴィンテージギター。
限定スニーカー。
トレーディングカード。
ワイン。
アートトイ。
これらの中には、購入価額を上回って取引されるものがあります。
しかし、その都度、「これは値上がりしているから減価しない」「これは人気が一時的だから減価する」と判断していくと、税務実務は非常に複雑になります。
ミカが言った。
「税務署としては、個別の人気や市場価格よりも、資産の種類で一定の線を引きたいわけですね」
教授は答えた。
「そうです。税務では、公平性と安定性が重要です」
社長が腕を組んだ。
「なるほど。もしフェラーリだけ特別扱いすると、次にロレックスが来て、その次にヴィンテージギターが来て、その次にポケモンカードが来るわけですね」
「そして全員が、自分は特別だと言います」
「税務署の受付がコレクション会場になりますね」
「その混乱を避けるためにも、資産類型を重視するわけです」
課税庁側は、例外をまったく認めないわけではありません。
ただし、例外的に自動車が「時の経過により価値が減少しない資産」とされるためには、かなり高いハードルが必要だと考えました。
単に高級である。
単に希少である。
単に値上がりしている。
これだけでは足りません。
歴史的価値や希少価値が社会通念上確立しており、骨とう品や古美術品に近いような状態でなければならない。
これが課税庁側の基本的な見方です。
4 納税者側の主張――これは普通の車ではない
ミカが、今度は納税者側の立場で言った。
「でも先生、フェラーリF50や512TRは、普通の自動車とは違いますよね。単なる移動手段として買われる車ではありません。コレクター市場もあり、希少価値もあります」
教授がうなずく。
「納税者側は、まさにその点を主張しました」
納税者側は、フェラーリF50や512TRについて、価格が単なる走行性能だけで形成されているのではないと主張しました。
製造台数の少なさ。
フェラーリというブランドの価値。
車両の保存状態。
歴史的・記念碑的な意味。
コレクター市場での評価。
希少性に基づく価格形成。
これらを踏まえると、通常の自動車と同じように、使用や期間の経過によって価値が減少する資産とはいえない、という主張です。
また、納税者側は、ストラディヴァリウスのヴァイオリンの例も挙げました。
ストラディヴァリウスは楽器です。
実際に演奏に使用されることもあります。
しかし、その価値は単なる楽器としての機能だけではなく、歴史的価値、希少価値、美術的価値によって支えられています。
納税者側は、フェラーリについても、同じように希少価値によって価格が形成されている以上、単なる自動車とは異なる扱いをすべきだと主張したわけです。
社長が言った。
「つまり、納税者側は“これは車ではある。しかし、普通の車ではない”と言ったわけですね」
教授は答えた。
「そうです」
「走る資産、走る芸術品、走る骨とう品、という感じですね」
「表現としては分かりやすいですが、裁判所がどう見るかは別問題です」
「税法は、キャッチコピーに厳しいですね」
「キャッチコピーではなく、条文と社会通念で判断します」
5 裁判所の判断――フェラーリであっても本来的効用は走行
裁判所は、納税者側の主張を認めませんでした。
裁判所はまず、所得税法38条2項の「使用又は期間の経過により減価する資産」は、基本的には所得税法上の減価償却資産の範囲と一致すると考えました。
そして、自動車の本来的効用について、次のように捉えました。
自動車は、人や物を乗せ、原動機の動力によって車輪を回転させ、路上を走行するものです。
この走行こそが、自動車の本来的な目的・効用です。
そうである以上、自動車は使用や経年によって原動機の性能低下、構成部品の劣化、車体の損耗などが生じます。
これは社会通念上明らかです。
ミカが言った。
「つまり、フェラーリであっても、エンジンがあり、部品があり、道路を走る以上、自動車としての減耗は避けられないということですね」
教授がうなずく。
「そのとおりです」
「市場価格が上がっていても、自動車としての本来的効用は走行であり、使用や期間の経過による劣化がある」
「はい。そこが裁判所の判断の中心です」
裁判所は、例外を完全に否定したわけではありません。
美術品、古美術品、古文書、出土品、遺物、骨とう品のように、鑑賞対象としての価値や歴史的価値・希少価値が社会通念上確立しているものについては、時の経過により価値が減少しない資産に当たり得るとしています。
しかし、本件のフェラーリF50と512TRについては、そのような例外に該当するとは判断されませんでした。
F50は、取得時点で製造から約2年、売却時点でも製造から約18年でした。
512TRも、取得時は新車であり、売却時点で製造から約24年程度でした。
裁判所は、これらについて、骨とう品といえるほど長期間にわたり高い価値を維持しているとはいえないと判断しました。
社長が言った。
「18年や24年でも、骨とう品としては若いのですね」
教授が答えた。
「少なくとも、裁判所はそのように見ました」
「フェラーリ界ではベテランでも、骨とう品界では若手社員ですか」
「かなり分かりやすい表現です」
また、F50の価格高騰について、裁判所は高級車等が投機対象として見られるようになった、いわゆるオークション・バブルの影響もあると見ました。
つまり、価格が上がっているとしても、それが長期間にわたり社会通念上確立した価値であるとは限らない、という判断です。
ストラディヴァリウスとの比較についても、裁判所は違いを指摘しました。
ストラディヴァリウスは、現に200年以上にわたり一流のヴァイオリンとして価値が社会通念上確立しています。
これに対して、本件フェラーリがそのような長期間にわたり高い価値を維持し、今後も維持し得る資産であるとは断じがたいと判断されました。
結論として、裁判所は、フェラーリF50とフェラーリ512TRはいずれも**「使用又は期間の経過により減価する資産」**に該当すると判断しました。
そのため、譲渡所得の計算では、取得価額をそのまま取得費とするのではなく、減価償却費相当額を控除した後の金額を取得費とすることになりました。
6 控訴審の判断――持ち主の目的より、資産類型を重視
ミカが言った。
「控訴審でも、結論は同じだったのですね」
教授がうなずいた。
「はい。東京高裁も第一審と同じ結論を採りました」
控訴審で納税者側は、使用目的や使用態様など、個別具体的事情を考慮すべきだと主張しました。
たとえば、投資目的で保有していた。
鑑賞目的で保有していた。
通常の自動車のようには使用していなかった。
このような事情を踏まえれば、単なる自動車とは異なると見る余地がある、という主張です。
しかし、控訴審はこれを退けました。
控訴審は、資産が減価するかどうかについて、個別の納税者の主観や使用目的ではなく、その資産が属する類型において、社会通念上想定される本来的な目的・効用を前提に判断すべきだとしました。
ミカが言った。
「つまり、持ち主が“これは投資目的です”と言っても、資産類型として自動車であれば、自動車として見るということですね」
「そのとおりです」
「フェラーリをガレージで眺めていたとしても、税法上は“走るための車”と見るわけですね」
「はい。少なくとも本件では、そのように判断されました」
社長が言った。
「では、私が軽トラックを床の間に飾っても、美術品にはならないのですね」
教授は即答した。
「なりません」
「では、フェラーリを床の間に飾ったら」
「本件の考え方からすれば、基本は自動車です」
「税法は、床の間にも厳しいですね」
「床の間ではなく、資産の本来的効用を見ているのです」
この控訴審の判断は、実務上かなり重要です。
なぜなら、納税者がその資産をどのような気持ちで保有していたか、どのような目的で持っていたかだけでは、判断を左右しにくいことを示しているからです。
実務では、つい「これは投資目的だった」「これは鑑賞用だった」「ほとんど使用していない」と説明したくなります。
しかし、裁判所は、個別の主観よりも、資産の類型と本来的効用を重視しました。
7 実務上の整理――高級車でも安易に取得価額そのままは危険
この事件から、実務上の注意点が見えてきます。
まず、非事業用の高級車であっても、売却時に購入価額をそのまま取得費にできるとは限りません。
自動車として登録され、公道走行可能であり、自動車としての構造・機能を有している場合には、原則として「使用又は期間の経過により減価する資産」と見られる可能性が高いといえます。
ミカが言った。
「つまり、高級車だから特別、限定車だから特別、値上がりしたから特別、というわけにはいかないのですね」
教授が答えた。
「はい。少なくとも本件判決を前提にすれば、そのような処理は慎重であるべきです」
次に、「希少価値がある」「プレミア価格で売れた」「購入価額を上回って売れた」という事情だけでは、時の経過により価値が減少しない資産とは認められにくいといえます。
裁判所は、ストラディヴァリウスのように、長期間にわたり社会通念上価値が確立している資産との違いを重視しました。
したがって、比較的新しい高級車や希少車については、たとえ市場価格が高騰していても、それだけで骨とう品や古美術品に近い扱いを受けるとは限りません。
社長が言った。
「先生、オークションで高く売れたからといって、税務上も“骨とう品扱い”になるわけではないのですね」
「そうです」
「値段が上がると、人間はすぐに格が上がった気になりますね」
「税法上の格上げには、もう少し根拠が必要です」
さらに、保有目的にも注意が必要です。
投資目的で持っていた。
鑑賞目的で持っていた。
ほとんど乗っていなかった。
大切に保管していた。
これらの事情は、説明材料にはなり得ます。
しかし、本件判決の考え方からすれば、それだけで資産の類型判断を覆すのは難しいと考えられます。
税務上は、持ち主の思い入れよりも、その資産が社会通念上どのような目的・効用を持つものかが重視されます。
ミカが言った。
「つまり、オーナーの心の中では美術品でも、税法上は自動車と見られることがあるわけですね」
教授が答えた。
「そういうことです」
「フェラーリの前でワインを飲みながら眺めていても」
「自動車です」
「クラシック音楽を流しても」
「自動車です」
「ガレージにスポットライトを当てても」
「なお、自動車です」
社長がつぶやいた。
「税法はライトアップに惑わされませんね」
8 判断のポイント――裁判所は何を重視したのか
この事件を実務で読む場合、裁判所が何を重視したかを整理しておくことが重要です。
第一に、裁判所は、資産の類型を重視しました。
フェラーリF50や512TRは高級車であり、希少性のある車両です。
しかし、それでも自動車であることに変わりはありません。
自動車である以上、本来的効用は走行にあります。
第二に、裁判所は、使用や期間の経過による劣化を重視しました。
自動車は、原動機、車体、構成部品などから成り立ちます。
これらは、使用や経年によって性能低下や劣化が生じます。
そのため、自動車という資産類型は、基本的に減価する性質を持つと判断されました。
第三に、裁判所は、例外となるためのハードルを高く見ました。
美術品、古美術品、骨とう品などのように、鑑賞対象としての価値、歴史的価値、希少価値が社会通念上確立している資産であれば、時の経過により価値が減少しない資産とされる余地があります。
しかし、本件フェラーリについては、製造からの経過年数や価格高騰の背景などを踏まえ、そのような例外には当たらないと判断されました。
第四に、裁判所は、所有者の主観的な目的よりも、社会通念上の本来的効用を重視しました。
投資目的であったか。
鑑賞目的であったか。
実際にどの程度走行したか。
これらよりも、資産類型としての自動車の本来的効用が重視されたわけです。
社長が言った。
「先生、まとめると、裁判所はフェラーリのロマンではなく、自動車としての構造と効用を見たわけですね」
教授はうなずいた。
「そのとおりです」
「フェラーリの赤いボディより、条文の黒い文字を見た」
「なかなか良い表現です」
9 高級車・希少車を売却する場合の実務対応
では、実務ではどう対応すべきでしょうか。
高級車や希少車を売却した場合、まず確認すべきなのは、その車両が税法上どのような資産として扱われるかです。
自動車として登録されているか。
公道走行が可能か。
実際に走行可能な状態か。
保有期間はどの程度か。
製造からどの程度の年数が経過しているか。
市場価格の高騰は一時的なものか、長期的に確立したものか。
骨とう品や古美術品に近い価値が社会通念上認められるか。
これらを検討する必要があります。
もっとも、本件判決を前提にすれば、通常は、高級車・希少車であっても、自動車として「使用又は期間の経過により減価する資産」と判断される可能性が高いと考えておくべきです。
ミカが言った。
「つまり、実務では、プレミアがあるから購入価額そのままでよい、と安易に判断しないことが大切ですね」
教授が答えた。
「そのとおりです」
「特に、金額が大きい場合には、取得費の計算で税額が大きく変わりますね」
「はい。まさに本件がその例です」
税務実務では、売却価額が購入価額を上回っている場合でも、取得費の計算に注意が必要です。
購入価額をそのまま取得費にできると考えて申告すると、後日、課税庁から減価償却費相当額を控除すべきだと指摘される可能性があります。
社長が言った。
「つまり、フェラーリを売ったら、売却代金だけでなく、税務上の取得費も慎重に確認しなければならないのですね」
「はい」
「フェラーリを買う人は、ガレージだけでなく、税理士も必要ですね」
「かなり現実的な結論です」
10 結論――希少価値があっても、税法上はまず自動車
本件裁判の結論は、明確です。
希少価値あるフェラーリであっても、税法上は原則として自動車であり、所得税法38条2項の『使用又は期間の経過により減価する資産』に該当する。
そのため、譲渡所得の計算では、購入価額をそのまま取得費にするのではなく、減価償却費相当額を控除した後の金額を取得費とする処理が認められました。
ミカが言った。
「フェラーリは人の心を動かしますが、税法上はまず自動車として扱われるわけですね」
教授が答えた。
「はい。少なくとも本件では、その判断が確定しています」
社長がため息をついた。
「先生、フェラーリの世界は夢がありますが、税務の世界は現実がありますね」
教授は笑った。
「どちらも大切です。ただし、申告書を書くときは現実のほうを優先します」
この事件から学べる実務上のポイントは、次のように整理できます。
高級車であっても、自動車としての本来的効用は走行である。
希少価値や値上がりだけでは、減価しない資産とは認められにくい。
所有者の投資目的・鑑賞目的よりも、資産類型としての本来的効用が重視される。
高級車・希少車の売却では、購入価額をそのまま取得費にできるとは限らない。
フェラーリの赤いボディは、見る人の心を躍らせます。
しかし、税務判断では、ボディカラーよりも資産区分が大切です。
希少車であっても、まずは条文、通達、裁判例に沿って慎重に判断する必要があります。
社長が最後に言った。
「先生、では私はフェラーリではなく、まず今の営業車の車検証を確認します」
教授はうなずいた。
「それが一番、実務的です」
税務実務では、ロマンを持つことは悪くありません。
ただし、ロマンをそのまま申告書に書くことはできません。
フェラーリは美しく走ります。
けれど、税法上はまず、静かに分類されるのです。
