⚖️ 税務実務の読み解きノート🔯年金でもらう生命保険金は、相続税と所得税の二重課税になるのか
――最高裁平成22年7月6日判決と年金払生命保険二重課税事件
1 事件の概要
ミカ「先生、生命保険金を年金形式でもらった場合、相続税も所得税もかかるのですか」
教授「昔は、そこが大きな問題になりました」
ミカ「相続で受け取ったのに、毎年もらうたびに所得税も?」
教授「そうです。税金が二人乗りしていたような状態です」
ミカ「それは、保険金というより、税金の相乗りバスですね」
教授「しかも途中下車しない」
今回取り上げるのは、最高裁平成22年7月6日第三小法廷判決です。年金払特約付き生命保険契約に基づき、被相続人の死亡により相続人が年金を受け取る場合、その年金受給権は相続税の課税対象となります。そして最高裁は、その年金の各支給額のうち、相続税の課税対象となった現在価値に相当する部分については、所得税の課税対象にならないと判断しました。citeturn832375view0turn832375view1
この事件では、相続人が年金払特約付きの生命保険契約に基づいて、被相続人の死亡により10年間にわたり毎年一定額を受け取る権利を取得しました。最高裁は、第1回目の年金については、被相続人の死亡日を支給日とするものであり、その支給額と死亡時の現在価値が一致するため、全額が所得税の課税対象にならないと判断しました。citeturn832375view0
ミカ「相続税で見た価値を、所得税でもう一度見るのはダメ、ということですね」
教授「はい。同じ料理に、会計を二度持ってくるようなものです」
ミカ「レストランなら怒ります」
教授「税法でも怒られました」
2 原告、つまり納税者側の主張
正式には最高裁では、納税者側は上告人です。ここでは分かりやすく「原告側」と呼びます。
原告側の考え方は、こうです。
生命保険の年金受給権は、被相続人の死亡により取得したものである。
その年金受給権は、相続税の課税対象になっている。
それにもかかわらず、同じ年金について所得税を課すのは、相続税と所得税の二重課税である。
所得税法9条1項の非課税規定は、相続税の課税対象となる経済的価値に、重ねて所得税を課さない趣旨である。
ミカ「原告側は、“もう相続税で払いましたよ”という主張ですね」
教授「そうです。税金の世界でいう“お会計済みです”です」
ミカ「でも、税務署は“いや、毎年入ってくるお金は所得です”と見た」
教授「そこが争点です。年金という形で毎年支払われるため、所得税の雑所得に見えたわけです」
3 被告、つまり国側の主張
被告側、つまり国側の考え方は、こうです。
相続税の対象となったのは、年金を受け取る権利そのものである。
一方、毎年支払われる年金は、その権利に基づいて現実に支払われる金銭である。
したがって、年金受給権と毎年の年金支払額は別のものと見るべきであり、毎年の年金には所得税を課すことができる。
ミカ「国側は、“権利に相続税、支払いに所得税”という整理ですね」
教授「はい。帳簿上はきれいに見えます」
ミカ「でも最高裁は、その“きれいさ”より、同じ経済的価値かどうかを見た」
教授「そのとおりです。税法では、ラベルが違っても、中身が同じなら二重取りになることがあります」
4 裁判所の判断
今回は国税不服審判所の裁決ではなく、最高裁判決です。したがって、ここでは「審判」ではなく、裁判所の判断として整理します。
最高裁は、所得税法9条1項の非課税規定について、相続税または贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないことで、同一の経済的価値に対する相続税・贈与税と所得税の二重課税を排除する趣旨であると解しました。citeturn832375view0turn832375view2
そして、年金払特約付き生命保険契約に基づく保険金とは、基本債権としての年金受給権を指し、その年金受給権は相続税法上の定期金に関する権利として相続税の課税対象になるとしました。年金受給権の価額は、将来受け取る年金を被相続人死亡時の現在価値に引き直したものです。citeturn832375view0
そのうえで、各年金支給額のうち、相続税の課税対象となった現在価値に相当する部分は、すでに相続税で課税された経済的価値と同一であるため、所得税の課税対象にはならないと判断しました。一方で、現在価値と将来の年金総額との差額は、現在価値を元本とした場合の運用益部分と整理されています。citeturn832375view0
ミカ「先生、全部の年金が永久に非課税という話ではないのですね」
教授「そこが大事です」
ミカ「相続時に課税済みの現在価値部分は非課税」
教授「はい」
ミカ「その後の運用益に当たる部分は所得税の対象」
教授「そのとおりです。二重課税を避けるのであって、運用益まで全部消えるわけではありません」
ミカ「税金にも、“そこまでは言っていない”がありますね」
教授「税法では、そこがいちばん大事です」
5 この判決の核心
この判決の核心は、相続税と所得税は別の税目だから、いつでも両方課税できるわけではないという点です。
相続税は、相続によって取得した経済的価値に課税します。所得税は、所得に課税します。通常は別々の税目です。しかし、同じ経済的価値に対して、相続税で課税し、さらに所得税でも課税するなら、それは二重課税の問題になります。
ミカ「同じ財布に、相続税の手と所得税の手が同時に入ったのですね」
教授「はい。ただし、どちらも税法の手です」
ミカ「納税者から見ると、ポケットが忙しい」
教授「最高裁は、“同じ価値を二度取ってはいけません”と整理しました」
6 判決後の国税庁の対応
この判決後、国税庁は、相続等に係る生命保険契約等に基づく年金の税務上の取扱いを変更しました。国税庁は、平成22年10月に取扱いを変更し、過去5年以内の年分について、確定申告をしている年分は更正の請求、確定申告をしていない年分は還付申告により手続を行うよう案内しました。citeturn409067search0
さらに、平成12年分から平成18年分の各年分についても、一定の期限までに手続を行うことで、納めすぎとなった所得税額に相当する額について特別還付金が支給される仕組みが設けられました。citeturn409067search2
ミカ「最高裁判決のあと、過去分の還付まで動いたのですね」
教授「はい。税務実務としても大きな事件でした」
ミカ「判決が出て、税務署の過去のレシートを見直すことになった」
教授「かなり大きなレシート点検です」
7 実例で考える
実例1 相続税で課税された年金受給権に基づく年金
夫が契約者・保険料負担者の生命保険に加入していた。夫の死亡により、妻が10年間、毎年100万円の年金を受け取る権利を取得した。相続税申告では、その年金受給権の現在価値を相続財産として評価した。
この場合、各年金のうち、相続税の課税対象となった現在価値部分については所得税を課せないという整理になります。
ミカ「相続税で見た価値を、所得税で二度見しない」
教授「はい。税務署の二度見は、ここでは制限されます」
実例2 運用益部分には所得税がかかるケース
相続時に評価された年金受給権の現在価値がある。ところが、年金は将来にわたり分割して支払われるため、支払総額は現在価値より大きくなる。その差額は、現在価値を元本とした場合の運用益に相当する。
この場合、運用益部分については所得税の課税対象となる可能性があります。
ミカ「元本部分は相続税済み。利息部分は所得税」
教授「かなり実務的な理解です」
ミカ「税務署も、利息の香りには敏感ですね」
教授「はい。香りというより、計算式で来ます」
実例3 通常の相続財産の譲渡とは違うケース
父から土地を相続した。相続税申告では土地を評価した。その後、子が土地を売却して譲渡益が出た。
この場合、年金払生命保険二重課税事件をそのまま使って、「相続税がかかったから譲渡所得税はかからない」とは通常いえません。国税庁の研究でも、この最高裁判決の射程は、生命保険契約に係る年金受給権の特殊性を踏まえ、限定的に考えられると整理されています。citeturn832375view2
ミカ「この判決を、何でも二重課税禁止カードとして使ってはいけないのですね」
教授「そうです。税法に万能カードはありません」
ミカ「ポケモンでいえば、タイプ相性がある」
教授「税法でその例えは珍しいですが、意外に正しいです」
8 税理士の意見
税理士として見ると、この判決は、相続税と所得税の境界線を考えるうえで非常に重要です。
ただし、実務で大事なのは、この判決を広げすぎないことです。判決が問題にしたのは、年金払特約付き生命保険契約に基づく年金について、相続税の課税対象となった年金受給権の現在価値部分と、毎年支払われる年金の一部が同じ経済的価値かどうかでした。
したがって、実務では次の点を確認します。
・契約者、被保険者、保険料負担者、受取人は誰か
・一時金受取か、年金受取か
・年金受給権が相続税または贈与税の対象になっているか
・年金支給額のうち、相続税課税済み部分はいくらか
・運用益部分はいくらか
・過去に所得税を納めすぎていないか
・現在の取扱いで源泉徴収があるか
・保険会社からの支払調書、計算明細があるか
ミカ「先生、この判決は納税者勝訴だから、かなり強いですね」
教授「強いです。ただし、使う場所を間違えると、税務署から“それは別の引き出しです”と言われます」
ミカ「判例にも収納場所があるのですね」
教授「はい。税法の本棚は、雑に入れるとあとで崩れます」
9 実務上の注意点
実務では、相続税申告だけでなく、その後の所得税申告まで見ておく必要があります。
年金形式で受け取る生命保険金は、相続時点で年金受給権として相続税の対象になることがあります。その後、毎年年金を受け取ると、所得税の申告や源泉徴収の問題が出てきます。
ここで重要なのは、相続税で課税済みの部分と、運用益部分を分けることです。
ミカ「相続税と所得税の間に、仕切り板を入れるわけですね」
教授「はい。仕切り板がないと、同じ価値が二度課税のレーンに流れます」
ミカ「税務処理にも交通整理が必要」
教授「まさに。税金の交差点には信号機が必要です」
10 まとめ
最高裁平成22年7月6日判決は、年金払生命保険について、相続税の対象となった年金受給権と同一の経済的価値に、さらに所得税を課すことはできないと判断した重要判例です。最高裁は、所得税法9条1項の非課税規定の趣旨を、同一の経済的価値に対する相続税・贈与税と所得税の二重課税を排除するものと整理しました。citeturn832375view0turn832375view2
ただし、この判決は、毎年受け取る年金全体を永久に非課税としたものではありません。相続税で課税された現在価値部分は所得税非課税となりますが、現在価値を超える運用益部分については所得税の対象となります。citeturn832375view0
ミカ「今日の結論は、相続税で課税済みの年金受給権の価値に、所得税を二重にかけてはいけない、ですね」
教授「はい」
ミカ「でも、運用益部分は別」
教授「そのとおりです」
ミカ「税法は、同じものには二度課税しない。でも増えた分は見逃さない」
教授「実に正確です」
教授は最後に言った。
「年金払生命保険の二重課税事件は、相続税と所得税の境界線を引き直した判決です。同じ経済的価値に二度課税することは許されませんが、相続後に生まれた運用益まで非課税になるわけではありません」
ミカが笑った。
「つまり、税務署も“同じお皿のおかず”は二度取れない。でも、あとから出てきたデザートには手を伸ばすのですね」
