術後せん妄〜父への見舞客
術後せん妄がニュースになり、思い出したことがある。
私は術後せん妄を生じた人を「見た」側でもあるし、「発症した」側でもある。
それは私にとって初めての全身麻酔だった。術後のリカバリールームで看護師さんが、「娘さんの話をされてましたよ。ちっちゃくて可愛くてとてもとても大切なんですよ〜って。」
覚えてない。
しかも、ちっちゃくない。その当時反抗期真っ只中の女子中学生と女子高生。
あの頃のちっちゃくて可愛い娘にもう一度会えたらなぁ、という無意識の中の断片を、全身麻酔が引っ張り出したセリフなのか?これが私の術後せん妄だった。比較的術後早期に生じたものだと思う。
そして時はもっと遡る。
術後せん妄を初めて「見た」のは、今は亡き父の時だった。大病を患い、手術は10時間ほどかかっただろうか。やっと戻ってきた父は、まだ麻酔を継続していて意識はなかった。なのでその時は無事に生還したことを確認し、翌日意識が戻ってから会いに来ようとひとまず帰宅した。そして翌日。
ベッドに横たわる父は目を覚ましていた。いくつもの管に繋がれていて痛々しかったが、受け答えはしっかりしており、いつもの父だった。
すると父が言った。
「昨日、欧陽菲菲がわざわざ来てくれてな」
は?
四文字熟語じゃないですよ。
若い方は知らないと思いますが、欧陽菲菲(オウヤン・フィフィ)は台湾出身の歌手で70年代大活躍されました。私世代で知らない人はいないです。

話は戻ります。
「欧陽菲菲が来てくれてな。そこに立って少し話をしたんや」
んなわけないやん。
彼女は大スターで知り合いでもなんでもない。もっと言うなら、父はファンでもない。父の口から欧陽菲菲の名前を聞いたこともなければ、テレビを見ていた記憶もないし、歌を口ずさんでいたのも聞いたことない。
手術がショックすぎてボケたのか?と心配になった時、タイミングよく先生が様子を見に来てくださった。
先生!父が、欧陽菲菲が見舞いに来と変なことを言ってるんですけど…と私。
術後せん妄ですね、と先生。
術後かなり時間が経ってるのに?!と思ったことを鮮明に覚えている。これがわたしが初めて体験した術後せん妄でした。
でも、他の誰でもない、なぜ欧陽菲菲だったのか。私が再び父に会えるようになった時、聞いてみようと思います。そして、欧陽菲菲さん。その節はお見舞いありがとうございました。
