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ファーストキャリアに正解はあるのか?

間もなく新年度ですね。この春、新社会人となる皆さんも、期待と不安を胸に学校を卒業したことと思います。

今回は社会人としてキャリアを歩みだす皆さんに向けて、「ファーストキャリアの選び方」をテーマに学問知と経験も交えて書いてみたいと思います。

「キャリアの正解」を求める若者たち

若手社会人や学生からキャリアに関する相談を受けると、よく以下のような質問を受けます。

「最初の仕事って、どうやって選ぶのが正解ですか?」
「この会社、本当に大丈夫でしょうか?」
「会社の見極め方ってどうすればいいですか?」

こうした質問はたいてい不安から来ているものと思います。

最初の仕事を間違えたら人生が狂うのではないか。ホワイト企業に入らなくてはいけないのではないか。友人や親の目もありできれば安定した大企業を選んだ方が無難ではないか…そういった懸念が、若者たちの判断を支配しています。

はじめに、結論として率直に言いたいことがあります。

それは、最初の仕事の「職種」「企業規模」には、実はそこまで差がないのではないかということ。むしろ、その職場でどんな人に出会い、どんなコミュニティに身を置くかの方が、その後の人生に計り知れない影響を及ぼすということです。

新潟から県外に出ていった自分の経験を振り返っても、キャリアの転機をもたらしたのは「この会社が正解だった」という判断よりも、その職場で出会った方々との関係や環境でした。

人生の「印象受容期」をどこで過ごすか

社会心理学の古典的な研究に「印象受容期仮説」という考え方があります。

人の価値観や信念は、とりわけ18~25歳にかけて形づくられ、その後の人生では比較的安定傾向をたどるというものです。

アメリカの選挙行動分析では、18~25歳で経験した政治環境が、その後数十年間投票行動に影響を与え続けることが示されました(Jennings & Niemi, 1981)。つまり、この時期の経験は「一時的な記憶」ではなく、その人のアイデンティティの基礎になるということです。

それを裏づけるのが、発達心理学者ジェフリー・アーネットが提唱した「エマージング・アダルトフッド」という概念です(Arnett, 2000)。
18~25歳を「思春期でもなく、完全な大人でもない移行段階」と位置づけ、この時期が自己探求や役割試行に最も活発な時期だと指摘しています。
言い換えれば、この時期に出会う人や環境が、その人のキャリア観や人生観の土台を決める重要なポイントなのです。

「状況的学習」という視点の大切さ

ここで重要な視点の転換を加えたいと思います。

従来、私たちは「スキルを学ぶこと」を「知識を頭に詰め込むこと」だと思いがちです。ところが、学習理論の最新の考え方は、まったく異なります。

フィンランドの教育研究者ユーリア・エンゲストロームが提唱した「活動理論」(Activity Theory)は、学習を「個人が知識を獲得すること」ではなく、「コミュニティの中で実践的な活動に参加する過程」として捉えます(Engeström, 1987)。つまり、学習とは常に「状況に埋め込まれた」ものであり、その状況を共有する人々との相互作用こそが、本来の学習のダイナミズムなのです。

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2023/04/pdf/054-057.pdf

別の言い方をすれば、最初の会社で「何を学ぶか」は、その会社で「誰と働くか」に極めて大きく左右されるということです。

同じ営業という仕事でも、成長欲の強い上司に育てられる若者と、放置される若者では、1年後のキャリア観は全く異なります。それは知識量の差ではなく、参加している実践共同体そのものが違うからです。

実践共同体という名の「学習の場」

エティエンヌ・ウェンガーという学習研究者が、こうした考え方をさらに発展させました。彼は「実践共同体」(Community of Practice)という概念を提唱し、人が学ぶのは「共通の関心や実践を持つ人々の集団に参加すること」だと主張しました(Wenger, 1998)。

実践共同体には三つの特徴があります。一つは「共通の営為」(何をするか)、二つ目は「相互的関与」(どう関わり合うか)、そして三つ目は「共有レパートリー」(何を大切にしているか)です。

最初の仕事の現場を、この視点で見直してみましょう。

いわゆる「ホワイト企業」と呼ばれる会社の営業部門に配属された若者と、スタートアップの小さなチームに入った若者。どちらが成長するかは、その部門の実践共同体の質にかかっています。前者は定型業務の実践共同体に属するかもしれず、後者は試行錯誤と創意工夫の実践共同体に属するかもしれません。

重要なのは「どちらが正解か」ではなく、その場でどんな学習が可能かという点です。
成長意欲の高い若者なら、小さなチームで様々な試行錯誤に参加し、失敗から学ぶ実践共同体を選ぶべきでしょう。逆に、基礎を固めたい若者なら、定型業務を通じて専門性を深める実践共同体の方が適切かもしれません。

前回のnoteで首都圏居住者が新潟県内企業から離職した理由に「職場の人間関係に問題があった」が約23%と「給与・年収が希望にあっていなかった」の24%とほぼ同率で並んでいることを指摘しました。

これは、ファーストキャリアで首都圏企業を選び、所属した実践共同体での経験との比較から感じるギャップから生じている可能性が示唆されます。

離職した若者も、たとえば首都圏での就業経験を活かし地元新潟に戻って貢献しよう思ったものの、その思いを活かせるような職場環境―—人間関係や組織文化ではなかったといった可能性も想像できます。

人間関係が学習を左右する——メンタリング効果

実践共同体の中でも、特に「指導者となる人物の存在」が極めて重要といわれています。

組織心理学の研究では、若い社員が良いメンターに恵まれた場合、仕事への満足度が高まるだけでなく、キャリア適応能力やレジリエンスも大きく向上することが示されています(Allen et al., 2004)。これは単に「優しい上司がいるから気が楽」という話ではなく、その上司がどう仕事に向き合い、どう困難に対処するかを身近で学べることが重要なのです。

私自身、地方で中小企業の組織開発に携わる中で感じるのは、若者の成長を決めるのは「その地域がいかに豊か」かではなく、「その若者の身近に、背中を見せてくれる大人(模範)がいるかどうか」という一点に尽きます。
実践共同体の理論で言えば、その大人がその若者を「周辺的参加」から「十全的参加」へ導く「足場がかり」(Scaffolding)になるかどうかが、全てを決めるのです。

逆に悪い実践共同体に属した若者は、どんなに優良企業であっても学習機会を失います。
例えば、パワハラ体質の上司や、立身出世だけを価値とする組織文化では、若者は「組織の非人間的さを学ぶ」という負の学習を被るだけなのです。地域の凝集性・同質性がこれを助長している可能性も捨てきれません。

反面教師もまた学習の一形態

ネガティブな経験もまた学習であるという点も指摘されています。

社会学習理論を提唱したアルバート・バンデューラは、人間は「良いモデルを模倣する」だけでなく、「悪いモデルを避けることでも学ぶ」と指摘しました(Bandura, 1977)。パワハラ上司の対応を目撃して「自分はあんな管理者になるまい」と決意すること。形式主義に染まった組織文化を経験して「本来の人間関係とは何か」を考えること。そうした経験こそが、その人の価値観を明確にし、鍛え上げるのです。

新潟で若者の人材育成に携わっていて気づいたのは、地方都市で「限定的な職場環境しか知らない若者」よりも、「一度、都市部の大企業経験を経て、その限界に気づいて飛び込んできた若者」の方が、地域での仕事に対し覚悟を持っているということでした。

私自身もそうでしたが、大企業ならではの論理や不条理に触れているからこそ、腹を括って地域で仕事をする動機付けにもなります。

では、何を基準に最初の仕事を選ぶべきか

ここまでの議論を踏まえると、最初の仕事を選ぶ際の基準は、以下のようなものになるでしょう。

一つ目は、その職場に「学習を促す人間関係」が存在するかどうかです。
それは必ずしも「良い上司」ばかりを意味しません。時には理不尽な経験も含め、「自分の価値観を問い直させる関わり」があるかどうかが大切です。理不尽も時に学習促進要因になります。

二つ目は、その場が「実践的な活動への参加」を提供しているかどうかです。
座学ではなく、実際の業務の中で試行錯誤し、失敗から学ぶ機会があるか。その業界や職種の中核となる実践に、本当の意味で参加できるかどうかです。社内に限らず社外での越境機会もその一つとなります。

三つ目は、その組織に「学習志向のコミュニティ」が存在しているかどうかです。
これは会社の規模や知名度とは関係がありません。数人の小さなチームでも、「共に成長しよう」という相互的関与が存在すれば、それは実践共同体として機能します。

ホワイト企業と呼ばれる大手企業でも、定型業務に埋没し、メンタリングのない部門もあります。一方、小さな町工場でも、親方職人の背を見ながら修行する若者は、深い実践共同体に属しており、本来的な学習を経験しています。

つまり、最初の仕事に「絶対的な正解」がないのは、その会社の名前や規模ではなく、そこでどう学ぶかは全て「その場の人間関係と実践の質」に左右されるからなのです。

結論:無駄な出会いなどない

元も子もない話ですが、結論として伝えたいのは、最初の仕事に過度に「正解」を求める必要はないということです。

その会社が必ずしも「生涯の職場」である必要もありません。終身雇用の時代ではありませんから、転職も、起業も、キャリアチェンジも今の時代はいくらでも可能です。

ですが、どんな職場を選んだとしても、その場で出会う人たちとの関わりは、確実にその後のあなたの学習と成長の型をつくります。良き出会いはもちろん、反面教師となる経験もまた、あなたの人生観やキャリア観の礎となるでしょう。

心理学も学習理論も、一貫して示していることは同じです。これを読んでいる20代のあなたが就職先で何を学ぶかは、その仕事の内容よりも、その場でどんな人と関わり、どんな実践に参加するかにかかっているのです。

そして、そこで求められるのはあなたの自身の態度です。

仮に学習を促進する素晴らしい実践共同体が職場にあったとしても、それを受け止めるあなたが受動的であれば、よい経験を積むことは難しいでしょう。仕事は選べなくても態度は誰でも選ぶことができます。

無駄な出会いなどなく、あるのはその出会いに対しあなたがどう向き合うか、という選択がすべてです。

4月からどんな出会いが待っているかは分かりませんが、配属ガチャや上司ガチャに遭ったとしても悲観せず、ぜひ自分から実践共同体を探しにいってみてください。

参考文献

Allen, T. D., Eby, L. T., Poteet, M. L., Lentz, E., & Lima, L. (2004). Career benefits associated with mentoring for protégés. Journal of Applied Psychology, 89(1), 127–136.

Arnett, J. J. (2000). Emerging adulthood: A theory of development from the late teens through the twenties. American Psychologist, 55(5), 469–480.

Bandura, A. (1977). Social Learning Theory. Prentice-Hall.

Casey, B. J., Tottenham, N., Liston, C., & Durston, S. (2005). Imaging the developing brain: what have we learned about cognitive development? Trends in Cognitive Sciences, 9(3), 104–110.

Engeström, Y. (1987). Learning by expanding: An activity-theoretical approach to developmental research. Orienta-Konsultit.

Jennings, M. K., & Niemi, R. G. (1981). Generations and politics: A panel study of young adults and their parents. Princeton University Press.

Wenger, E. (1998). Communities of practice: Learning, meaning, and identity. Cambridge University Press.

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山本 一輝 数多あるnoteのなか、お読みいただきありがとうございました。いただいたご支援を糧に、皆さんの生き方や働き方を見直すヒントになるような記事を書いていきたいと思います。