信じて、今日を生きる ─ ひとりのようぼくの心の記録 第4回:静けさに宿るもの ― 沈黙と祈りのちから

教会での生活を始めてしばらくの間、私はあまり人と話すことがありませんでした。
話すのが怖かったわけでも、避けていたわけでもありません。ただ、何をどう話していいのかわからなかったのです。
でも、不思議なことに、誰もそれを責める人はいませんでした。 誰もが、私がそこに「いる」ことを、自然に受け入れてくれていました。
静かな時間の中で、私ははじめて「沈黙にも意味がある」ことを知りました。
沈黙は、拒絶ではなく、共にいるためのひとつのかたちだったのです。
誰かがそばにいて、何も言わず、ただ同じ空間を共有してくれる。 そのことが、こんなにも心を安心させてくれるとは思ってもみませんでした。
祈りもまた、言葉だけではありません。 おつとめの音に耳を傾けること、教会の掃除を一緒にすること、ごはんを並べること── そのすべてが、沈黙の祈りでした。
「何かを言わなければ」「応えなければ」 そう思っていた自分が、少しずつ解きほぐされていったのです。
沈黙は、言葉以上に心を伝えてくれることがあります。 「ここにいていい」「あなたを待っている」 そんなまなざしが、沈黙のなかに宿っていたのだと思います。
私は、言葉にできなかったたくさんの思いを、沈黙のなかで祈っていました。
そして、それはきっと、誰かに届いていたと今では思います。
(第5回へつづく)
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