ブルートゥスはなぜカエサルを刺したのか——歴史小説『神の如き男』を書いた理由
あなたは「ブルートゥス、お前もか」という言葉を知っているだろうか。
紀元前四十四年三月十五日。元老院の会議室で、ガイウス・ユリウス・カエサルは二十三箇所を刺されて倒れた。致命傷となった刃の中に、彼が我が子同然に愛してきた男のものが含まれていた。
マルクス・ユニウス・ブルートゥス。
彼はカエサルを憎んでいたのではない。むしろ愛していた。尊敬していた。だからこそ、刺さなければならなかった。
——この一点が、私がこの小説を書きたかった理由のすべてだ。
◆ カエサルとは何者だったのか
日本では「賽は投げられた」の一言で知られるカエサルだが、その生涯を丁寧にたどると、驚くほど「人間くさい」男だったことが分かる。
借金王。浮気者。禿げ頭を月桂冠で隠した男。しかし同時に、敵将を赦し、書物の焼失に謝り、宿敵の死に涙した男でもある。
冷酷な独裁者でも、完璧な英雄でもない。「やるべきことをやる」という孤独な確信だけを抱えて、引き返すことができなかった男。
それがカエサルだったと、私は思っている。
◆ 女性たちが物語を動かす
この作品には四人の主要な視点がある。
カエサルと二十年間を共にしたセルウィリアは、息子が愛した男を刺す運命を前に、何もできなかった。それが彼女の痛みだった。
クレオパトラは絨毯に包まれてカエサルの前に現れ、美貌ではなく九つの言語と論理でこの男を動かした。「同類だ、しかし危険だ」——カエサルはそう思った。
この二人の女性の視点を通じて見るカエサルは、軍記物でも英雄伝でもない。ひとりの、疲れた人間として見える。
◆ 六万字で何を書いたか
上巻では、紀元前四十九年のルビコン渡河から四十四年の暗殺までを描いた。
史実に忠実でありながら、記録に残らない「内面」を丁寧に埋めていく。カエサルが夜ひとりで考えていたこと。ブルートゥスが刃を持った瞬間、頭に浮かんだ幼い記憶。セルウィリアが葬儀の炎を窓越しに見た夜。
歴史を「知る」のではなく、「生きた人間たちの話」として読んでほしいと思いながら書いた。
◆ 読んでほしい方へ
・歴史が好きだけど教科書的な読み物には飽きた方
・人間関係の複雑さを丁寧に描いた小説が好きな方
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