見出し画像

賛否あった「不登校の呼び方」どう思いました?

最近ちょっと話題になった
「ユニパス」について書きたいと思います。

先月、群馬県知事が
不登校の新たな呼び方として
「UniPath(ユニパス)」を採用すると発表しました。

「Unique(ユニーク・一人ひとり)」と
「Path(道)」を掛け合わせた造語。

当事者である高校生の提案が
きっかけとなったそうです。



賛否両論

このことについて、
さまざまな声が上がっています。

・言葉が変わることで、意識が変わる
・否定されない言葉になるのはありがたい

そんな声がある一方で、

・名前を変えても、状況が変わらなければ意味がないのでは
・本当に必要なのは支援や環境のほうでは

という声も見かけます。

どちらも、わかるなぁと思います。


私が感じたこと

私自身はこれまで「不登校」という言葉を
特別ネガティブな意味として
捉えていませんでした。

「fu to ko」という音で、
その状態を表す言葉のひとつ、
という感覚でした。

でも、「不登校」という言葉によって

否定されているように感じていたり、
自分を責めてしまったことがあったり、

実際にそう感じてきた人がいる、
という事実を改めて確認できました。

そして、その声が
ちゃんと聞いてもらえた、
そして反映された、

ということは
私もよかったと思っています。


引っかかる点

一方で、
どうしても引っかかるところもありました。

なんの前触れもなく、
「変えます!」と示されたことには、
違和感が残りました。

『当事者の声を反映し
 教育委員会で検討された』

という経緯を見ると、
「素晴らしい取り組み」に映るかもしれません。

でも私はこれまで、
不登校の子どもたちや保護者と
たくさん出会い、対話を重ねてきました。

その中で、
不登校に対する感じ方や受け止め方は、
本当に人それぞれで、
とても一方向では語れない、ということも知っています。

だからこそ、

「名称を変えました」

という一つの解決策として示されることに、
どこか置いていかれる感覚がありました。

どうせ変えるなら。
どうせコストをかけるなら。
本気で変えようとするなら。

もっといろんな人の声を拾って、
もっと時間をかけて、
多くの人が「一緒に考えたい」と思える形を
目指してほしかった…

その気概や姿勢が見えたなら、
心から応援したいと思えたし、
「一緒に進んでいきたい」と思えたはず…

ちょっと残念な気持ちが残っています。


娘が感じたこと

でも、考えるきっかけにはなりました。

この話を、
フリースクール×学校という
登校スタイルをとる娘とも話してみました。

娘は…半分だけ当事者ですね。

娘は、私と同じく
「不登校」という言葉自体を
そこまでネガティブには
捉えていないようでした。

でも、こんなことを言っていました。

「不登校でもユニパスでも、
 名前は何でもいいけど、

 “特別な人”とか
 “違う人”って
 思われるのはいやだな」

そして、

「学校に行ってる人も、行ってない人も、
 フリースクールでも
 ホームスクーリングでも、

 みんなが
 自分の道を選んでるって意味での
 ユニパスならいいんじゃないかな」

と。

よく考えているなぁ、
と感心してしまいました。

大人よりもフラットに、
物事を見て、考えている気がした。


子どもが見ている世界

大人が
「どう呼ぶべきか」「どう整理すべきか」
と考えている間に、

子どもは、
もっとシンプルに、もっとフラットに、
この状況を見ている。

そこには、

線もなければ、評価もなく、

「こちら側」「あちら側」という
分け方もありませんでした。


だから改めて思ったのです。

大事なのは、呼び名よりも、
私たちの姿勢。

一歩も二歩も先をゆく子どもたちの
声を聞こうとすること
みている世界を理解しようとすること

それらによって、
自らの考えをアップデートすること

そうして初めて
一人一人に合う道を用意することができる。

そしてそのためにも、
何度も話し合うこと
試行錯誤すること
諦めないこと

それらも大事。

「決めること」で終わらせず、
これをきっかけに、考え続け、動き続けること。

名前よりも、この姿勢が何より大事。


私たちが抱えている問い

そういう意味で、
ユニパスという言葉は、
私たちに

「前に進むためのきっかけを投げてくれた」

そう捉えると、しっくりきます。


これは、
不登校というテーマに限った話ではありません。

私たちが
「違い」とどう共に生きるか
という問いなのだと思います。

一人ひとり違う私たちが、
それでも、
みんなで幸せに生きていくにはどうしたらいいのか。

教育も、授業も、学校運営も。
職場の人間関係も。
家族のなかでも、パートナーシップでも。

「一人ひとりを大切にしたい」と思えば思うほど、
「全体としてどうするか」という問いにぶつかる。

どちらかを選べばいい、
そんな単純な話じゃない。

むしろ、
矛盾しているように見える問いに、
向き合い続けるしかないんだと思っています。

すぐに答えは出ないし、
考えれば考えるほど、揺れることもある。

それでも、
誰かを切り捨てることで楽になる選択ではなく、
立ち止まり、話し合い、揺れながら考え続けること。

その姿勢こそが、
これからの教育や社会を
少しずつ変えていく力になるんじゃないかな、と。


いいなと思ったら応援しよう!

宮尾多希kazuki いただいたチップは、学校の先生や子どもに関わる大人たちが「生き生き」を取り戻す活動に使わせていただき、そして子どもたちに還元していきます!