寝ても寝ても疲れが取れなかった週に、気づいたこと
先に近況報告をすると、ずっと準備してきた本のリリースの段取りがやっと整った。あとは審査だけ。
5月頭にはリリースできそう、なんて言ってたのに、気づけばもう5月末。 遅くなったけど、ようやく形になってきた。
今週末はドミ活で気分転換もできたし、まあ元気です。
ただ、今週の平日は——ちょっとしんどかった。
ほんとうによく眠った。 なのに、疲れが全然取れなかった。
無気力なのに目は冴えてて、布団の中でぼーっと天井を見てる。 身体はずっとどこか緊張してて、「あ、まだ戦闘モードのままだ」って感じ。
「なんでこんなに疲れてるんだろう」って、週末にぼんやり振り返ってみた。
原因、たぶんわかった
今週、本業でファシリテーターをやったんですよね。 アイスブレイクの仕切りも含めて。
正直、向いてないなって思いながらやってた。
場を温めるための一言を考えて、みんなの反応を読んで、会議全体の流れを作る。 笑いが起きなくてもなんとか流しながら、最後まで場を回す。 やってる間ずっと、心のどこかで「早く終わってくれ」って思ってた。
本業にいる間、「逃げたい」って感じる瞬間が、今週は何度もあった。
以前だったら「まあ仕事だし」って流せてたかもしれない。 でも今週は、その感覚がやけにはっきり届いてきた。
「あ、僕、これやりたくないんだ」って。
執筆してるときと、全然違う
一方で、執筆してる時間は全然違った。
内省して、気づいて、言葉にしていく。 その時間は、疲れるどころかエネルギーが戻ってくる感じがする。
本当にやりたいことって、こういう感覚なんだと思う。
本業と執筆。 同じ一週間の中に、この二つが並んでいた。
そのギャップが、今週はやけに大きく感じられたんですよね。
これ、疲れじゃなくて摩擦熱だ
たぶん、こういうことだと思う。
「寝ても寝ても取れない疲れ」の正体は、疲労じゃなくて摩擦熱だった。
自分に合わない場所に居続けたとき、身体がNOを言っている。 その信号が、ずっと続く倦怠感として出てきていた。
以前の僕なら、この感覚に気づけなかった。
「しんどいけど、仕事だから」 「自分がもっとうまくやれれば」
そうやって、感覚に蓋をして流していたと思う。
でも今は、ちゃんと「これは違う」って感じられるようになってきた。
ジャーナリングを続けて、内省を続けて、本音に正直になってきた結果、感度が上がってきた。
痛みとして感じられるようになったのは、麻痺がとけてきた証拠だ。
それって、しんどいようで、実はすごく大事なことだと思ってる。
逃げたいんじゃなくて、向かいたい場所が見えてきた
誤解してほしくないんだけど、これは「本業が嫌だから逃げたい」という話じゃない。
本業にいる間は、役者として演じることができる。 「今の自分にできる役割を、誠実にこなそう」と割り切ることも、自分を守る立派な方法だと思っている。
でも同時に、執筆や内省を続けていくなかで、自分が本当に情熱を注ぎたい場所がはっきり見えてきた。
「逃げたい」じゃなくて、「向かいたい」という感覚。
その感覚が、今週みたいな摩擦熱を感じるたびに、少しずつ強くなっている気がする。
怖い。 でも、わくわくもしている。
半々、くらいの気持ちで。
その「半々」を抱えながら、今日もnoteを書いて、言葉にして、少しずつ自分の輪郭を確かめている。
こういう経験ってありますか?
身体が先にNOって言ってきて、あとから「あ、そうか」ってなった、みたいな。
よかったら、教えてください。😌
