その「やる気のなさ」、燃料が違うだけでした。コンビニをクビになった僕の話。
「もう、来なくていいよ」
学生のころ、コンビニのバイトで、そう言われたことがあります。
接客が嫌いだったわけじゃないんです。でも正直、その仕事に、自分なりの面白さを見つけられなかった。
モチベーションが湧かないまま働いて、時給も出ない店舗のミーティングにも足が向かなくて——気づいたら、戦力外通告でした。
なぜ、ああいう仕事は長続きしなかったのか
正直に書くと、続かなかったのはコンビニだけじゃありませんでした。今思えば、飲食店系のバイトも、ほかにいくつかやってみたけれど、軒並み長続きしなかったんです。
一方で、コミュニケーションそのものがダメなわけでもないんです。自分の得意な領域でのやりとりなら、苦にならないどころか、むしろ楽しめるくらい。
だから「接客が向いていない」と一括りにするより、もう少し別のところに理由があった気がしています。
ひとつは、たぶんマルチタスです。レジを打ちながら、品出しをして、揚げ物を補充して、公共料金の支払いに対応して、宅配便も受け付ける。コンビニや飲食店って、いくつもの作業を同時並行でさばき続ける、すごく高度な仕事ですよね。
あれを涼しい顔でこなす人を、僕は心から尊敬しています。でも、同時に複数のことを振られると、僕はすぐに頭がいっぱいになってしまう。
そしてもうひとつ、最近しっくりきている言葉があります。「探索型」です。
体系立てて知識をインプットして、決められた枠組みの通りに正確に実行する——僕は、これがどうも苦手なんです。そうじゃなくて、その場の状況に合わせて、あれこれ自分で試したい。工夫する余白がないと、途端にエンジンがかからなくなる。
決められた手順をその通りに回し続ける仕事は、探索型の僕にはどうにもこたえたんだと思います。
「やる気がない」と「燃料が合わない」は、まったくの別物だった
クビの直接のきっかけは、時給の出ない店舗ミーティングに行かなかったことでした。
正直に言うと、当時の僕は「お金も出ないのに、わざわざ休みの日に出る意味があるのかな」と思っていたんです。納得できないことに、身体が動かなかった。
今思えば、もっと大人な立ち回り方もあったんでしょう。でも、ようやく気づいたんです。あの頃の自分は「やる気がない人間」だったんじゃなくて、ただ燃料の種類が合っていなかっただけなんじゃないか、と。
過去をふり返ると、僕にだって時間を忘れて夢中になっていたことが、ちゃんとありました。
小学生のころ、友達と遊びのルールを自分たちで工夫して、オリジナルの遊びを作っていたとき。大学で、仲間と一つのライブイベントを企画していたとき。誰に頼まれたわけでもないのに、気づいたら没頭していました。
共通していたのは、いつも「自分で工夫できる余白」と「誰かに届く手応え」がセットになっていたこと。
僕は、ガソリンしか入らないエンジンなんだと思います。コンビニでは、そこに注がれる燃料が、たまたま僕のエンジンに合っていなかった。ただ、それだけのことだったんですよね。
あなたの火は、どんな燃料でつきますか
ここ最近の僕は、もう「やる気があるか、ないか」で自分を裁くのをやめました。
火がつかないとき、責めるべきは自分の意志の弱さじゃない。ただ、注がれている燃料が、自分のエンジンに合っていないだけかもしれない。
そう思えると、ずいぶん肩の力が抜けました。
大事なのは、無理やり火をつけることじゃなくて、自分はどんな燃料でなら燃えるのかを知っておくことなんだと思います。
あなたにも、どうしても燃えなかった場所と、気づいたら勝手に燃えていた場所、ありましたか?よかったら、教えてください。
「自分はどんなときに燃えるのか」——それがわかるまでに、僕はずいぶん遠回りをしました。
他人の正解に合わせて無理を重ねて、心と体を一度こわして、ようやく「自分の燃料」を探し始められたんです。
その遠回りの道のりと、頭の中のモヤモヤを整理して「これでいいんだ」と思えるまでの試行錯誤を、一冊の本にまとめました。かつての僕みたいに「やる気のない自分」を責めてしまう人に、そっと届くといいなと思っています。
よかったら、のぞいてみてください。
