息苦しい社会に抗う。ニーチェとコードギアスからの気づき。
高校生の頃から、何周も繰り返し見ている大好きなアニメ。
『コードギアス 反逆のルルーシュ』という作品です。
巨大な帝国に理不尽に支配された世界で、主人公が自らの手で世界を壊し、新しく作り直そうと抗う物語。
当時はただ「かっこいい」と夢中になって見ていたけれど、大人になってから見返すと、なんだか違った感情が湧いてきます。
一方で、社会人になって読書習慣がついてから、ニーチェという哲学者を知りました。
世間の常識や「当たり前」を疑い、自分自身の価値観を新しく創り出して生きることを説いた思想家。
一見、まったく結びつかないアニメと哲学ですが、僕の中ではこの二つがとても強くリンクしています。
「なんだか共通することがすごく多いな」と、すとんと腑に落ちる瞬間がありました。
押し付けられた「正解」を疑い、壊す
僕たちは普段、会社という組織や、資本主義という大きな枠組みの中で生きています。
そこでは、「生産性を上げること」や「空気を読むこと」が、絶対的な正解のように扱われている。
まるで、多くの人が熱心な宗教家のように、その見えないルールを崇め、献身的に尽くしているように見えることがあります。
ニーチェの哲学は、そうした世間の「常識」や「当たり前」を一度疑い、壊すところから始まります。
コードギアスの主人公ルルーシュもまた、強大な帝国という理不尽な力や押し付けられたルールに対して、自らの意志で抗い、既存の世界を壊そうとする。
理不尽なルールにただ従い、「なんとなく生きて、なんとなく死ぬ」。
そんな受動的な人生への強い抵抗が、両者には共通しているような気がします。
他人のレールを拒絶し、自分の価値観を創造する
正解とされる環境で、無理をして自分を合わせようとすると、次第に息苦しくなってくる。
自分ではない役割を演じ続けることは、心を疲弊させて、なんだか自分自身が消えてしまいそうになります。
ルルーシュは、他人の敷いたレールを歩むことを拒絶して、自分のルールで世界を再構築しようとしました。
ニーチェもまた、既存の価値観を壊した後、自分自身の価値観を創造して生きることを説いています。
そこにあるのは「自分の人生の主導権を、自分の手に取り戻す」ということ。
レールから降りることは、決して「負け」じゃない
僕たちはつい、今いる場所でなんとか頑張ろう、周りの期待に応えようとしてしまう。
でも、人生には必ずトレードオフが伴います。
全員を満足させようとすることは、結果的に、自分自身を一番後回しにしてしまうのと同じなのかもしれません。
世間の正解から外れること。
合わないレールから降りることは、決して「負け」ではないと思っています。
それは、自分らしさを守るための「正しい逃げ」です。
誰かが作ったルールの中で勝てないのなら、戦う場所を変えればいい。
自分のルールで、心地よい居場所を創り直せばいい。
もし、社会の常識や押し付けられた正解に息苦しさを感じているなら。
無理するのをやめて、一度立ち止まり「自分のルール」を見つめ直すタイミングなのかもしれません。
この文章が、どこかで同じようにモヤモヤしている誰かの、頭の中の整理につながれば嬉しいです。
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