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市場では何が売られていたのか― パンから見えるビザンツ文明 ―

第1部「コンスタンティノープルで暮らす」#4
シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方

もしあなたが千年前のコンスタンティノープルを訪れたとして、一番見てみたい場所はどこでしょうか。

ハギア・ソフィアでしょうか。
皇帝の宮殿でしょうか。

もちろんそれらも魅力的です。しかし当時の人々の日常を知りたいなら、まず市場へ向かうべきかもしれません。

なぜなら市場には、この都市のすべてが集まっていたからです。

そこには食べ物があり、仕事があり、信仰があり、政治があり、そして世界そのものがありました。

市場を見れば帝国が分かる

現代人にとって市場とは買い物をする場所です。

しかしビザンツ時代の市場はそれ以上の存在でした。

人々はここで食料を買います。噂を聞きます。知人と会います。仕事を探します。時には政治の話もします。

市場は単なる商業空間ではありませんでした。
都市そのものが凝縮された場所だったのです。

もし市場を一日歩けば、その帝国がどんな国なのか、おおよそ理解できたかもしれません。

なぜ皇帝はパンを恐れていたのか

市場へ入ると、まず目に入るのはパンです。

トルコ・タラクルのパン職人。トルコの伝統的なパン窯でパンを焼く。ビザンツ時代のパン屋そのものではないが、共同窯で焼き上げるパン作りの風景は、かつての東地中海世界を想起させる。 Photo: Hamdigumus, Taraklı, 2014(CC0)

パンはビザンツ人の主食でした。
しかしパンが重要だったのは、それが単なる食べ物ではなかったからです。

首都コンスタンティノープルには数十万人もの人々が暮らしていました。もし穀物の供給が止まれば、人々は食べることができません。
すると不満が高まり、暴動につながります。

実際、歴史を振り返ると、パン不足はしばしば政治問題になりました。そのため皇帝たちは穀物輸送に細心の注意を払いました。
市場に積み上げられたパンの山は、単なる商品ではありません。

それは帝国が正常に機能している証でもあったのです。

市場のパン売り場を見るだけで、皇帝の仕事の一部が見えてくるでしょう。

胡椒は「世界地図」だった

市場には遠方から運ばれてきた商品も並んでいました。

胡椒、シナモン、クローブ、ナツメグ。

現代では簡単に手に入りますが、当時は高級品でした。
これらはインドや東方世界から何千キロも旅をしてやってきます。
商人から商人へ。船から船へ。
長い交易路を経て、ようやくコンスタンティノープルへ届くのです。

市場で胡椒の袋を見たビザンツ人は、私たちが想像する以上に、その向こうに広がる世界を感じていたかもしれません。

イスタンブールのスパイスバザール(Mısır Çarşısı)。現在の建物は17世紀オスマン帝国時代のものだが、コンスタンティノープルは古くから東西交易の中心地として栄えた。  Photo: Guilhem Vellut (2012) / CC BY 2.0

小さな香辛料の袋の向こうには、インド洋があり、砂漠があり、異国の都市がありました。

市場は世界への窓でもあったのです。

魚売り場を見ると信仰が見える

市場を歩いていると、多くの魚が並んでいることにも気づきます。

イスタンブールの魚市場。海に囲まれた立地と断食の慣習が、今も市場の品揃えに息づいている。Photo: "Istanbul: Deniz Balıkçılık" by Jorge Franganillo, licensed under CC BY 4.0


もちろん海に囲まれた地域だからでもあります。
しかしそれだけではありません。

東方教会には多くの断食日がありました。
また水曜日と金曜日には肉を断つ慣習もありました。
そのため魚は重要な食材になります。

つまり市場の商品構成そのものが、人々の信仰を映していたのです。

現代人は宗教と食べ物を別々に考えがちです。
しかしビザンツ人にとっては違いました。
信仰は教会の中だけでなく、毎日の食卓にも存在していたのです。

市場を見れば、その社会が何を信じているかも見えてきます。

モノは使い捨てではなかった

市場では衣服も売られていました。
しかも新品ばかりではありません。中古品も盛んに流通していたようです。

現代では衣服を比較的気軽に買い替えることができます。
しかし当時の衣服は高価でした。
破れれば繕います。修理します。そして使い続けます。不要になれば売り、別の誰かが使います。

市場には、現代のような大量消費社会とは異なる価値観がありました。

モノは使い捨てるものではなく、長く使い続けるものでした。

市場には光だけではなく影もあった

一方で、市場には現代人が目を背けたくなる現実もありました。

奴隷売買です。

これはビザンツ帝国だけの話ではありません。
当時のヨーロッパや中東では広く存在していた制度でした。
家事労働、農業、軍事など、様々な場面で奴隷が使われていました。

現代の価値観から見れば受け入れ難い制度です。
しかし歴史を理解するためには、こうした現実も見なければなりません。

市場には文明の豊かさだけでなく、その影の部分も映し出されていたのです。

市場は小さなコンスタンティノープルだった

コンスタンティノープルの市場が特別だったのは、その国際性です。

ギリシャ人、アルメニア人、シリア人、ユダヤ人、スラヴ人。
時には北欧から来た商人もいました。

異なる言葉が飛び交います。
異なる服装が行き交います。
異なる文化が出会います。

市場を歩いているだけで、世界中を旅しているような気分になれたかもしれません。

だから市場は単なる商業の場ではありませんでした。そこには帝国の交易網があり、信仰があり、政治があり、異文化との交流がありました。

コンスタンティノープルという巨大都市が、そのまま一つの空間に凝縮されていたのです。

おわりに

コンスタンティノープルの市場には、パンもあれば香辛料もありました。魚もあれば衣服もありました。しかし本当に面白いのは、そこに並んでいた商品そのものではありません。

パンからは政治が見えます。
魚からは信仰が見えます。
香辛料からは世界が見えます。

市場を歩くことは、ビザンツ文明そのものを歩くことでもありました。

もし私たちが千年前のコンスタンティノープルを訪れることができたなら、まず市場へ向かうだけで、その帝国がどのような世界だったのかを感じ取れたかもしれません。

市場に並んでいたのは、単なる商品ではありません。

そこにはビザンツ文明そのものが並んでいたのです。


▼シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方
第1部「コンスタンティノープルで暮らす」
#1:なぜビザンツ帝国は千年続いたのか― 千年帝国の人々が大切にしていたもの ―
#2:世界最大の都市に住むということ― コンスタンティノープルはどんな街だったのか ―
#3:ビザンツ人の家はどんな家だったのか― 千年前の「普通の暮らし」をのぞいてみる ―
#4:市場では何が売られていたのか― パンから見えるビザンツ文明 ―(本記事)
※このシリーズは今後も続きます。


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