千年前の大学では何を議論していたのか― ビザンツの学生たちが向き合った問い
第2部「ビザンツ人として生きる」#4
シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方
コンスタンティノープルにあった「もう一つの帝国」
西暦1000年前後。
世界の中心都市の一つだったコンスタンティノープル。
そこには皇帝の宮殿がありました。
巨大な競技場がありました。
世界各地の商品が集まる市場がありました。
しかし、この都市を支えていたものは、軍事力や経済力だけではありませんでした。
もう一つの力。
それは、知性の伝統でした。
ビザンツ帝国の人々は、自分たちを単なる中世の民とは考えていませんでした。
彼らは、自分たちこそが古代ローマ帝国の継承者であり、同時にギリシア哲学とキリスト教の伝統を受け継ぐ存在だと考えていました。
そのため、帝国では教育が非常に重視されました。
ただし、そこで学ばれたものは、現代の大学教育とは少し異なっていました。
現代では、「どの職業につくか」「どんな技能を身につけるか」という目的で教育を考えることが多くあります。
しかしビザンツの教育には、もっと根本的な問いがありました。
「人間とは、どのように生きるべき存在なのか」
学問とは、知識を増やすためだけではない。
自分自身を形成するためのものである。
それがビザンツ人の学問観でした。
帝都の教室で学ぶ若者たち
11世紀のコンスタンティノープル。
一つの教室に若者たちが集まっています。
彼らは貴族の子弟だけではありません。
優秀な才能を持ち、学問によって社会的地位を得ようとする者もいました。
彼らが学んだのは、
文法
修辞学
論理学
哲学
古典文学
神学
です。
特に重要だったのが、古代ギリシアの著作でした。
ホメロス、プラトン、アリストテレス、デモステネス。
彼らの文章を読み、言葉の意味を分析し、議論する。
ビザンツの学生たちは、単なる文学鑑賞をしていた訳ではなく、古代の物語や思想を通して、人間そのものを考えていました。
英雄とは何か。
正義とは何か。
権力とは何か。
人はどうあるべきか。
彼らは、遠い過去の古典を読み、自分自身の生き方を問い続けていたのです。

では、実際に千年前の学生たちは、どのような問いを議論していたのでしょうか。
第一の問い
アキレウスは英雄か、それとも危険な人物か
ビザンツの学生たちが古典を読むとき、そこには必ず問いがありました。
その代表的な題材が、ホメロスの『イリアス』に登場する英雄アキレウスです。
アキレウスは、圧倒的な武勇、誰にも負けない誇り、戦場で恐れられる力を持つ、まさに英雄の象徴でした。しかし、同時にある問題を抱えた人物でもありました。
『イリアス』の舞台は、ギリシア軍がトロイアを包囲していた時代です。攻略した町の戦利品として、総司令官のアガメムノンにはクリュセイス、アキレウスにはブリセイスという女性捕虜が与えられていました。
ところが、クリュセイスの父でアポロンの神官であるクリュセスが、娘を返してほしいと願い出ます。アガメムノンがクリュセスの願いを退けたため、アポロンの怒りを招き、ギリシア軍に疫病が広がります。クリュセイスを返すことになったアガメムノンは、その代わりにアキレウスのブリセイスを取り上げました。

自分の戦功に対する名誉を侮辱されたと感じたアキレウスは怒りから戦場を離れます。その結果、仲間たちは苦境に陥り、多くの犠牲が生まれました。
そこで教師は学生たちに問いかけます。
「諸君。アキレウスは英雄と呼べるだろうか」
一人の学生が答えます。
「はい。彼は自分の名誉を守りました。英雄とは、自分の信念を曲げず、誇りを持って生きる者ではないでしょうか」
すると別の学生が反論します。
「しかし、英雄とは自分自身のためだけに生きる者でしょうか。彼の怒りによって、多くの仲間が苦しみました。共同体への責任を忘れた者を、本当に英雄と呼べるのでしょうか」
最初の学生は考えます。
「確かに、ただ自分の名誉だけを守ることが正しいとは言えないかもしれません。しかし、不正に対して怒ることまで否定されるなら、人はどのように正義を守るのでしょうか」
そこで教師が尋ねます。
「では、問題は怒りそのものなのか。それとも、怒りをどのように扱うかではないだろうか」
学生たちは考えます。
英雄とは、感情を持たない人間なのか。
それとも、強い感情を正しく導くことのできる人間なのか。
アキレウスについての議論は、やがて自分自身の生き方への問いへ変わっていきました。
第二の問い
他人の評価に、どこまで委ねるべきか
アキレウスの怒りをたどっていくと、さらに別の問いに行き着きます。
学生「先生、なぜ彼は、そこまで心を乱したのでしょう」
教師「アキレウスは何を奪われたと思うか」
学生「戦利品……でしょうか」
教師「それだけだろうか。彼は、自らの働きにふさわしい「名誉」まで奪われたと感じたのだ」
学生「つまり、自分の働きを認めてもらえなかったことが、彼には耐えられなかったのですね」
教師「そうだ。では、人から認められることと、自らの価値とは、同じものだろうか」
学生「……同じではないように思います」
教師「では、他人から認められないとき、己の価値をどこに見いだせばよいのだろう」
学生「それを、どうやって知ればよいのでしょうか」
教師「よい問いだ。他人からの評判ではなく、まず己の行いを見なさい。今日の自分は、昨日より善くなったか。怒りに負けなかったか。他者に誠実であったか。弱い者に親切であったか。こうして一日の終わりに己を省みるのだ」
学生「他人より優れているかではなく、自分がどのような人間になっているかを見るのですね」
教師「その通り。称賛も批判も、己を知るための材料にはなる。しかし、己の価値を決める物差しにしてはならない。自分の価値は、他人の目ではなく、自らの魂をどのように育てているかによって知るのだ」
ビザンツの教師たちは、若者たちに他人の評価を求めるよりも、まず自らの心を省みることを教えました。それは、魂を整え、より善い人間へと成長するための訓練だったのです。
第三の問い
皇帝は法の上に立てるのか
ビザンツの学生たちが考えたのは、個人の生き方だけではありません。
国家についても重要な問いがありました。
その一つが、「皇帝は法の上に立てるのか」という問題です。
皇帝は帝国最高の権力者です。
軍を指揮し、法律を制定し、国家を守る存在です。
一人の学生が言います。
「皇帝には特別な責任があります。帝国を守るためには、通常の規則を超えた判断も必要なのではないでしょうか」
別の学生が反論します。
「しかし、もし皇帝だけが法の外にいるなら、誰が皇帝の誤りを正すのでしょうか。最も大きな権力を持つ者こそ、最も法に従うべきではありませんか」
最初の学生は考えます。
「確かに、国家を守るための権力は必要です。しかし、その権力が正しく使われる保証も必要なのですね」
教師は言います。
「良い支配者とは、自由に振る舞える者ではない。自らを律することのできる者である」
この問いは、千年前だけの問題ではありません。
現代社会でも、
権力者にはどこまで権限を認めるべきなのか。
法はすべての人に平等に適用されるべきなのか。
という問いは続いています。
第四の問い
勇気と無謀はどう違うのか
最後に、ビザンツの学生たちは人間の徳について考えました。
その問いは、「勇気と無謀はどう違うのか」です。
一人の学生が言います。
「勇気ある人間とは、恐怖に負けず行動できる人です」
別の学生が答えます。
「しかし、危険を理解せず突き進むことは、本当の勇気でしょうか。それは単なる無謀ではありませんか」
学生たちは考えます。
勇気とは何なのか。恐怖を感じないことなのか。
それとも、恐怖を感じながらも正しい判断をすることなのか。
教師は言います。
「勇気とは、恐れを知らないことではない。何が正しいかを見極め、そのために行動する力である」
ビザンツ教育では、英雄になる方法を教えたのではありません。自分自身を理解し、正しく判断する力を養ったのです。
千年前の学生たちが残した問い
ビザンツの教育で最も重要だったこと。
それは、「何を知っているか」ではありません。
「知ったことによって、どのような人間になるのか」でした。
古典を読む。
議論する。
異なる意見と向き合う。
その目的は、知識を競うことではありません。
自分自身を形成することでした。
現代の私たちは、かつてないほど多くの情報に囲まれています。しかし、情報を持つことと、知恵を持つことは同じではありません。
千年前、コンスタンティノープルの学生たちは問い続けました。
英雄とは何か。
正義とは何か。
権力とは何か。
勇気とは何か。
そして、人間はいかに生きるべきなのか。
時代も文明も社会背景も異なる私たちもまた、千年の時を越えて、同じ問題と向き合っているのかもしれません。
冒頭図版出典:コンスタンティノープルの哲学学校『マドリード・スキュリツェス写本(Madrid Skylitzes)』より、13~14世紀。教師を中心に学生たちが学ぶ様子を描いた細密画。出典:Wikimedia Commons / The Granger Collection, NYC(Image No. 0024558)Free Art License
▼シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方
第2部「ビザンツ人として生きる」
#1:なぜ彼らは古典を読み続けたのか― 千年前の教育が問いかけるもの ―
#2:結婚は恋愛のゴールだったのか― ビザンツ人の愛と家族観 ―
#3:ローマ人を自認した人々―ビザンツ帝国に生きた人々の価値観とは
#4:千年前の大学では何を議論していたのか― ビザンツの学生たちが向き合った問い(本記事)
※このシリーズは今後も続きます。
