ビザンツ人は死をどう迎えたのか
第2部「ビザンツ人として生きる」#6
シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方
― なぜ彼らは死を恐れながらも見つめ続けたのか ―
現代に生きる私たちは死について考えることを避けがちです。
病院へ行けば死は見えません。
葬儀が終われば日常へ戻ります。
死は人生のどこか遠くに追いやられています。
しかしビザンツ人にとって、死はもっと身近なものでした。
人生の例外ではありません。
人生そのものの一部だったのです。
死はいつも隣にあった
現代人は病気になれば病院があります。
抗生物質や救急医療もあり、適切な治療が受けられます。
しかしビザンツ時代にはありませんでした。
疫病、戦争、飢饉、乳幼児死亡、出産による死亡。
昨日まで元気だった人が、数日後にはこの世を去ることも珍しくありませんでした。実際、ビザンツ帝国は何度も大規模な疫病に襲われています。
6世紀、皇帝ユスティニアヌス1世の時代には「ユスティニアヌスの疫病」と呼ばれる大流行が起こり、帝国社会に大きな影響を与えました。
また国境地帯では戦争が続き、多くの人々が戦乱に巻き込まれました。
死は遠い未来の話ではありません。
いつ訪れるかわからない現実だったのです。
それでも彼らは絶望していたわけではない
死が身近だったからといって、ビザンツ人が常に暗く悲観的だったわけではありません。
むしろ彼らは死を人生の終着点ではなく、人生の通過点として理解していました。
東方正教会の信仰では、人間は死によって完全に消滅するのではありません。
死とは神の前へ立つ時でした。
そのため、「どれだけ長く生きたか」よりも、
「どのように生きたか」が重要だと考えられました。
人生の価値は、寿命の長さだけでは決まらない。
魂がどのような状態で最後を迎えるか。
そこに大きな意味があると考えられたのです。
「死を記憶せよ」
ビザンツの修道士たちはしばしば、「死を記憶せよ(ムネーメ・タナトゥ)」と語りました。
西方キリスト教で後に広く知られるようになる、「メメント・モリ(死を想え)」と通じる考え方です。

現代人には少し不気味に聞こえるかもしれません。しかし彼らは死について考えて暗くなろうとしていたわけではありません。
人は、自分が永遠に生きるかのように錯覚すると、大切なことを後回しにしてしまいます。
いつか行こう。
いつか学ぼう。
いつか謝ろう。
いつか生き方を変えよう。
しかし、その「いつか」は訪れないかもしれません。
だから修道士たちは、「人生には終わりがあることを忘れるな」と語ったのです。
死を記憶することは、人生を諦めることではありません。限られた時間の中で、自分は何を大切にするのかを問い直すことでした。
4世紀の修道士エヴァグリオス・ポンティコスは、
「死を記憶することは魂を目覚めさせる」という考えを示しました。
なぜなら、人は死を忘れると、自分が何のために生きているのかも忘れてしまうからです。
死を思うこと。
それは魂を眠りから呼び覚ますための行為だったのです。
ビザンツ人が恐れたもう一つの死
ビザンツの修道士たちが恐れていたのは肉体の死だけではなく、もう一つの危険についても語っています。それが、アケディア(acedia)です。
アケディアは日本語では、「霊的倦怠」あるいは「魂の無気力」と訳されます。
これは単なる疲労や気分の落ち込みではありません。また、家族を失った悲しみや、戦争による苦しみとも少し違います。
アケディアとは、魂が本来向かうべき方向を失ってしまう状態でした。
祈る意味が分からない。
学ぶ意欲を失う。
善い行いをする力が湧かない。
何のために生きているのか分からなくなる。
身体は生きていても、魂が眠ってしまったような状態です。
現代の言葉で完全に置き換えることはできませんが、深い虚無感や人生の意味の喪失に近い面があります。
つまりビザンツ人にとって、死とは肉体の終わりだけではありませんでした。魂が眠り、生きる目的を失うこともまた、一種の「死」だったのです。
絶望した人はいなかったのか
もちろん、ビザンツ人も人間です。
苦しみや絶望を経験しない人などいませんでした。
家族を失う人。
財産を失う人。
戦争で故郷を失う人。
政治的に失脚し、流刑になる人。
そうした悲劇は数多く存在しました。
残された手紙や説教には、悲しみに苦しむ人々を慰める言葉が数多く記されています。
ビザンツ人は絶望しなかったのではありません。絶望と向き合いながら生きていたのです。
苦しみや魂の眠りをどう乗り越えたのか
では、彼らは苦しみの中で、どのように希望を保ったのでしょうか。
修道士たちは、苦しみそのものを完全になくすことはできないと考えました。
病気も、死別も、失敗も、人生から完全に取り除くことはできません。
しかし、その苦しみによって魂まで失ってはいけない。そう考えたのです。
そのために大切にされたものがありました。
祈り、共同体、労働、学び、読書、奉仕。
教会は単なる礼拝の場所ではありませんでした。
苦しむ人が支えを求める場所でもありました。
悲しみを誰かと分かち合う。
神に祈る。
苦しみの意味を考える。
そして、もう一度生きる力を取り戻す。
それが彼らにとって、魂を目覚めさせる道でした。
現代人は死を遠ざけた
現代社会は死を見えにくくしました。
医療は発達しました。寿命も延び、多くの命が救われています。
しかし、その一方で、人生が有限であることを意識する機会は減りました。
死が見えなくなると、「何のために生きるのか」という問いも見えにくくなるのかもしれません。
死を見つめながら生きる
ビザンツ人も死を恐れました。家族の死を悲しみ、自分自身の死にも不安を抱いたでしょう。それは、現代人と変わりません。
しかし彼らは、死を見ないふりはしませんでした。死を見つめることで、生き方を見つめようとしたのです。死を記憶することは、魂を目覚めさせること。そして、魂を眠らせないことこそが、本当に生きることでした。
死を見つめながら生きる人生。
その先に彼らが求めたのは、長寿でも成功でもありません。目覚めた魂のまま生きることだったのです。
冒頭図版出典:《Acedia(怠惰)》は、精神的倦怠・無気力を象徴する七つの悪徳の一つ。 ヒエロニムス・ウィーリクス(フランドルの宗教版画家)によるこの版画は、16世紀末ヨーロッパにおける “魂の停滞”のイメージを視覚化した代表作。 Public Domain(The Metropolitan Museum of Art)
▼シリーズ:ビザンツ文明に学ぶ生き方
第2部「ビザンツ人として生きる」
#1:なぜ彼らは古典を読み続けたのか― 千年前の教育が問いかけるもの ―
#2:結婚は恋愛のゴールだったのか― ビザンツ人の愛と家族観 ―
#3:ローマ人を自認した人々―ビザンツ帝国に生きた人々の価値観とは
#4:千年前の大学では何を議論していたのか― ビザンツの学生たちが向き合った問い
#5:女性はどのように生きていたのか― ビザンツ女性が守った家庭、信仰、そして知性 ―
#6:ビザンツ人は死をどう迎えたのか(本記事)
※以上で第2部は終了です。
