息子からのプレゼント
親にとって、我が子からもらうプレゼントは一生の宝物だ。……普通なら、感動の涙とともに振り返るものなのかもしれない。
しかし、うちの息子の場合は少し違った。
初めてのプレゼントは、保育園の時に描いてくれた「パパの絵」だった。
母の日と父の日が近かったこともあり、同時に「ママの絵」も持って帰ってきたのだが、私はその二枚のクオリティの差に愕然とすることになる。
ママの絵は、それは丁寧に描かれていた。実際に妻が着ている服の柄が再現され、顔はにっこり微笑み、髪の毛の一本一本まで細部がきれいに表現されている。愛情がこれでもかと詰まった大作だった。
一方で、私の絵はといえば――明らかに雑だった。
髪の毛はまるで爆発したかのようにボーボー。顎にはトゲのようなヒゲがちょんちょんと生えている。さらに不可解だったのは服装だ。私は一度も着たことがないし、持ってもいない「真っ赤なワイシャツに、真っ黄色のネクタイ」という、やけにアヴァンギャルドなコーディネートをさせられていた。
この格差はいったい何なのか。私の日頃の行いが悪かったのだろうか。
小学校3年生:時間を切り売りする男
次のプレゼントは、小学校3年生の「父の日」だった。
その日、珍しく息子の方から「お父さん、サッカーしよう」と私を誘ってきた。普段はそんなことを言わないので、私は嬉しくなって一緒に近くの公園へ向かった。
ところが、公園に着いてほんの数分、ものすごく短い時間ボールを蹴り合ったところで、息子がピタッと動きを止めた。
「はい、これでおしまいね」
「え? 何が?」
不思議に思う私に、息子は信じられない言葉を言い放った。
「父の日のプレゼント。お父さん、こういうのが好きなんでしょ?」
まさかの“サッカーに付き合ってあげる時間”がプレゼントだったのだ。なんだそりゃ。
さらに驚いたのはその日の夜である。息子は学校の宿題である日記に、このわずか数分の出来事をこれでもかと盛りに盛り、「最高の父の日」として素晴らしい美談に仕立て上げて提出していた。彼のセルフプロデュース能力には脱帽するしかない。
大学生:ありがた迷惑なグローバルギフト
そんな息子も大学生になり、国際的に活動するようになって海外へ行く機会が増えた。
旅立つ前、私は決まって「お土産はいらないからな」と言い聞かせているのだが、なぜか彼は毎回何かを買ってくる。
先日はフィリピンのセブ島へ行っていたようで、ドヤ顔で私に手渡してきた。
「はい、お土産」
包みを開けると、そこから出てきたのは、何やら怪しげな「魔除けの飾り」のような物体だった。
――いや、本当にいらない。
一体どこに飾ればいいのか、何の魔を払ってくれるのかも分からない謎の民芸品を眺めながら、私はため息をつく。
幼い頃、私に謎の赤シャツを着せた男は、大きくなっても相変わらず私の欲しくないものをピンポイントで突いてくる。それでも、旅先で一瞬でも父親の顔を思い浮かべてその「魔除け」を選んだのだと思うと、やっぱり机の引き出しの奥にそっと仕舞い込んでしまうのだった。
