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息子へ受け継がれた「緑の遺伝子」

私は子供のころ、ブロッコリーが唯一の天敵だった。

ほかの野菜と比べて圧倒的に味がしないこと、そして「森みたいな見た目なのに味がスカスカ」という裏切り。それが苦手な要因だったと思う。

今でこそ国の「指定野菜」にまで出世したブロッコリーだが、当時はそこまでメジャーでもなかった。たまに給食に現れる「そいつ」を、私は申し訳ないと思いつつ残した。
ファミレスのハンバーグの横にも、彩り要員として必ずそいつが鎮座しているせいで、ハンバーグセットの注文を断念する日々。
家でも「ブロッコリーだけは勘弁して」と懇願し、私一人のために我が家の食卓から完全に追放されていた。

そんなこんなで徹底抗戦を続けていた私に、あるとき人生最大の転換期が訪れる。

高校生のとき、彼女と初めてデートをすることになったのだ。場所は遊園地。なんと彼女は、健気にも手作りのお弁当を持ってきてくれた。
昼食時、休憩所のパラソルの下で、いよいよお弁当の蓋が開けられた瞬間――私は絶句した。

そう。いくつかあるお弁当箱の一つに、ゆでたブロッコリーが隙間なくぎっしりと敷き詰められていたのだ。

「さあ、召し上がれ」と言わんばかりの聖母のような笑顔の彼女。
初デートで、心を込めて作ってくれたお弁当に対して「ノー」など言えるわけがない。いや、この状態において、選択肢は「おいしく完食する」の一択である。学校のテストに出題されたとしても、これ以外に正解はない。

私は意を決して箸を伸ばした。ブロッコリーを口にするのは一体何年ぶりだろうか。

……やはり味はしない。しかし、喉を通らないことはない。
そう、私も高校生。味覚も精神も、あの頃より格段にタフになっていたのだ。顔の筋肉は間違いなく引きつっていたが、ハリウッド俳優ばりの笑顔で完食することに成功した。

この命がけのイベントを経て、不思議なことにブロッコリーは克服された。好んで買いはしないが、出されたら食べられる。長年の夢だったハンバーグセットも、堂々と注文できるようになった。

しかし、この奇妙なドラマには第2章があった。私の息子の話だ。

私を苦しめたブロッコリー嫌いが、息子に遺伝しているかが気になった。
離乳食が始まると、ニンジンとブロッコリーをゆでてドロドロにした料理を与えてみた。味付けはもちろんゼロである。
すると、息子は食べている。「あー」とか「ばー」とか何らかの呪文を唱えながら、嫌がる様子もなくパクパクと胃袋に収めていく。
このときは、「単にお腹がすいて思考停止していただけ」「まだ他の美味いものを知らないからだろう」と自分を納得させていた。

だが、さらに成長した5歳での出来事だ。

家族で温泉旅行に出かけた。楽しみな夕食はバイキング形式。ただのバイキングではない。海の幸、山の幸をこれでもかと投入した豪華絢爛な料理の数々。輝くお造り、握り寿司、鎮座するカニ。極めつけは、黒毛和牛のステーキを目の前でシェフが豪快に焼いてくれるライブキッチンだ。この世の贅沢を凝縮したような空間に、「奮発して本当に良かった」と大人のアドレナリンが吹き出す。

妻と私は、「元を取る」という大人の義務感に基づき、高いもの、普段食べられないものだけを厳選して皿を満たしていく。それが資本主義社会を生きる大人というものだ。

一方で、5歳の息子が選んだものはというと――。

そう、ブロッコリーだった。

息子は会場に足を踏み入れた瞬間、黒毛和牛もカニも目に入らないかのように、ブロッコリーのコーナーへ向かって猪突猛進。大きなお皿の限界までブロッコリーだけをうず高く積み上げ、ホクホク顔で席に戻ってきた。しかも、マヨネーズやドレッシングの援護射撃すら一切拒否し、完全なる素材の味のままムシャムシャと小動物のように貪っている。

結局、息子はほぼそれしか食べず、「お腹いっぱい!」と満足げに席を立った。

黒毛和牛やカニを封印しての、まさかのブロッコリー山盛り。
……息子にとって、温泉旅館の非日常と贅沢の極みは、この緑の塊だったのだろうか。

かつて私がその存在だけでハンバーグを諦め、高校生の初デートで決死の覚悟で飲み込んだ、あの「そいつ」。
それを満面の笑みで山盛りにする我が子を見つめながら、遺伝子の不思議と味覚の神秘に、私はただただ苦笑いするしかなかった。大人たちの皿の上が、やけに虚しく見えた夜だった。

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