見出し画像

越生町の梅収穫が最盛期|樹齢70年超の古木も今年は順調な実り

越生梅林(おごせばいりん)で知られる埼玉県越生町では、六月に入り梅の収穫が最盛期を迎えている。

毎年この時期には町を挙げて梅にまつわるイベントも開催される。開花シーズンだけでなく、自家製の梅酒や梅干しを作るため、生梅を求めて東京や神奈川から訪れるリピーターも多い。

越生と梅の関係は古い。1350年頃、九州太宰府から小杉天満宮(現梅園神社)を分祀した際、菅原道真公にちなみ梅を植えたことが始まりとされ、現在では関東有数の梅の産地として知られている。

今回収穫を手伝わせていただいたのは、越生町内で農業を営む咲良農園。
農園を切り盛りする小林さんは20代の若手である。梅の栽培だけでなく、季節ごとにさまざまな野菜を育てながら農業に取り組んでいる。

畑には戦後間もない頃に植えられたという樹齢70年を超える梅の木も残る。適切な管理を続ければ、現在でも毎年安定して実を付けるという。

幹に触れると、戦後から続く時間がまだそこに残っているように感じる。この木が若木だった頃、まだ越生の風景も今とは違っていたはずだ。

私が初めて収穫を手伝ったのは、一昨年の2024年。当時は近年まれに見る凶作の年で、農家によると収穫量は大きく落ち込んでいたという。それに比べると、今年は例年並みの収穫量まで回復しているそうだ。

樹によっては例年を大きく上回る実りを見せているものもあった。

梅の実の付き方にも違いが見られる。ブドウの房のように枝へ実を付ける品種もあれば、団子のように密集して実る品種もある。

赤く色付いた梅は熟しているようにも見えるが、農園によると日焼けによるものだという。

収穫作業は朝6時から正午頃まで行われる。梅雨入り後の天候が心配されたが、この日は初夏を思わせる青空が広がった。収穫に参加する人たちは長靴に帽子、アームカバー、薄手の手袋を身に着けて畑へ入る。私も収穫に加わったが、予想以上に神経を使う。

梅は一つ、ひとつ手でもぎ取る。

枝を傷つけると翌年以降の生育にも影響するためで、高所の実は脚立を使いながら慎重に収穫していく。

脚立の上から見下ろす梅畑は想像以上に高さがあり、足元にも自然と注意が向く。高所作業では慎重さが求められることを改めて実感した。

梅の木一本から二十キロ入りコンテナ四箱ほどになることもあり、見た目以上に根気のいる作業であるのだが、収穫が進むにつれ、枝先は少しずつ軽くなっていく。

収穫された梅は、そのまま出荷されるわけではない。

収穫後は選別作業へ移る。

使用されているのは、ビニールパイプを利用した手作りの選別機だ。上から梅を流すと、大きさに応じてそれぞれの溝へ自然に落ちていく仕組みになっている。

梅はころころと転がりながら、それぞれの大きさに分かれていく。シンプルな構造だが実によくできている。

流れてくる梅を目視で確認しながら、傷や傷みのある実を一つひとつ取り除いていく。見た目以上に神経を使う作業だ。

農産物の選別というと機械化が進んでいるイメージもあるが、実際には多くの工程で人の目と手が欠かせない。市場へ並ぶ梅もまた、こうした人の手を介して送り出されているのである。

実はこの農園との縁は、一昨年に利用したタイミーがきっかけだった。その後も毎年声を掛けていただき、梅の季節になると収穫を手伝わせてもらっている。

当時一緒に作業した方とも、今年また梅畑で顔を合わせた。
一年に一度、この季節だけの再会である。

しかし、一本の木から梅がなくなっていくと、その重さから解放されていくようにも見える。

もちろん梅の木に聞いたわけではない。
ただ、そんなふうに思えたのである。

収穫を終えた帰り際、小林さんから「また来年もお願いします」と声を掛けていただいた。

越生の梅農園では、今年もまた大きな収穫期が過ぎようとしている。

【参考】
・越生町観光協会「越生梅林」
https://ogose-kanko.jp/tourist_attractions/ogose-bairin/
・越生町公式サイト
https://www.town.ogose.saitama.jp/
※越生の梅の歴史については越生町観光協会および越生町公式サイトを参考にしました。


#越生町
#越生梅林
#梅収穫
#梅農家
#埼玉農業
#農業体験
#収穫体験
#地域取材
#生梅
#梅フェア

#創作大賞2026
#エッセイ部門

いいなと思ったら応援しよう!