はじめて地下鉄で九段下へ行った日。1986年1月
高校一年の冬だったと思う。
1986年1月のことである。
その日、私は生まれて初めて
ひとりで地下鉄に乗った。
家の最寄り駅から新宿までは、電車で一本だった。そこまでは子どもでも行ける場所だった。
問題はその先だった。
高田馬場で降りて、地下鉄に乗り換える。
いまならスマホで調べればすぐ分かるが、当時はそんなものはない。頼りになるのは駅の路線図か、都会の地図だった。
当時よく頼っていたのは、ぴあMAPである。
余談になるが、ぴあマップはカラフルで、都会的で、眺めているだけで楽しかった。レコード店や映画館、ライブハウス、喫茶店。ページをめくると、東京という街がそのまま地図の中にセンス良く詰まっているように見えた。
毎年、たしか更新版が売っていたのを思い出す。
地下鉄の出口まで詳しく載っていたので、行き先のページを見ながら出口番号をメモして、待ち合わせ場所などへ向かうことも多かった。
ネットのない時代は、ぴあMAPで店探しをしていたし、何かと重宝したものだ。
高田馬場で降りたとき、地下鉄の入口がどこにあるのか少し不安だった。
だが、その心配はすぐに消えた。改札を出ると、人の流れがそのまま地下へ吸い込まれていったからだ。私はただ、その流れについていけばよかった。
地下へ続く通路は、思っていたより天井が低い。蛍光灯の光が少しくすんでいて、どこか薄暗い感じ。地上の駅とはまったく違う空気だった。
地下鉄というのは、こういう場所なのかと思った。
券売機で「九段下」までの切符を買い、改札を抜ける。
そこからさらに階段を降りていく。
地下鉄という乗り物は、とにかく地上から遠ざかっていく。
そんな印象があった。
ホームに立ってしばらくすると、遠くから音が聞こえてきた。
ゴーッという音が、トンネルの奥から近づいてくる。最初はかすかな音だったが、だんだんと大きくなってくる。
そのあと、一瞬だけ強い風が吹いたとたん、電車はホームに滑り込んできた。
扉が開き、人が順番に乗り込んでいく。私もその流れに混じって車内に入った。
ドアが閉まるとき、「ホーッ」というサイレンのような音がした。いまでは聞き慣れた音なのかもしれないが、そのときは珍しい音だと思った。
はじめての地下鉄は、当たり前だが、夜の中を走っている感覚だった。トンネルの中を走っているというより、ずっと夜の中を進んでいるような感じだ。
窓の外は真っ暗で、景色は何も見えない。ときどきトンネルの壁が流れていくのが見えるくらいだった。
早稲田。
神楽坂。
飯田橋。
駅名のアナウンスが流れるたびに、少しずつ目的地に近づいていく。そんな感覚だけが頼りだった。
そして目的である、九段下に到着した。
改札を出ると、黄色地に黒い文字の出口案内板があった。地下鉄の出口は番号で分かれている。
子どもの頃から、地下鉄は出口を間違えると迷子になると聞かされていた。
ぴあマップから抜き出しておいたメモ用紙を取り出し、黄色い案内板を確かめながら歩いた。
たぶんここだろう、と思う出口の階段を上がる。
階段の奥から、外の光が差し込んできた。
着いたのだと思った。だが同時に、このあと本当に目的の場所へたどり着けるのだろうか。少しの不安もあった。
その日、私が向かっていたのは——
ビートルズ来日から20年の復活祭だった。
