チム・チム・チェリーが教えてくれたこと
花艶(Kayenne)
私の年齢がまだ一桁だった頃、よく観ていた映画が3つある。
「サウンド・オブ・ミュージック」
「グーニーズ」
「メリー・ポピンズ」
この3つの中でも一番好きだったのは「メリー・ポピンズ」だった。
つむじ風に乗ってやって来る、家庭教師のメリー・ポピンズ。
他の家庭教師候補をつむじ風で蹴散らして、堂々の到着……そんな登場の仕方、ありなの?と子供心に思った覚えがある。
私がよく覚えているシーンがいくつかあるが、手持ちの1泊2日程度の荷物が入るくらいのバッグからコート掛けが出てきた時には「あんなバッグが欲しい」と目を輝かせた。
ドラえもんの四次元ポケットをまだ知らなかった私が欲しいと思った、最初の魔法の道具かもしれない。
動物ともコミュニケーションが取れる。
絵の中にも入れる。
彼女は超能力とか魔力と言われる能力の持ち主でもある。
何よりもルールを守り、世間体重視の雇い主の言い分なんかお構いなしに、二人の子どもたちと出かけて、世の中を見せて回る。
ルールや世間体よりも大切なことがあると、最後には雇い主にも気付かせる。
明るくて、機転が利いて、人間としても魅力的なメリー・ポピンズが私は大好きだった。
強い風の日に、いつかメリー・ポピンズが私の家にも来てくれるかもしれないと本気で思っていた。
その後、年齢が二桁になってから、ディズニーランドで彼女に会った時には感激のあまり、言葉が出なかったのを覚えている。
メリー・ポピンズには煙突掃除夫のボーイフレンドがいて、彼もまた絵が上手で笑顔がステキで…魅力的な人間だ。
ディズニーランドには彼もいたので、二人の間に挟まれて写真を撮ってもらった。
彼の名前は「バート」。
バートの主な仕事は「煙突掃除」。
彼は煙突掃除の仕事に誇りを持っていて、どんな時でも前向きだった。
彼が劇中で歌う歌に「チム・チム・チェリー」というものがある。
当時、年齢一桁の私は歌詞の意味は分からなかったが、「悲しいのに、笑顔で歌う歌」だと思っていた。
悲しく聴こえる。
けれど、歌っているバートは笑顔だ。
曲調は短調。
悲しく聴こえる理由はそれだ。
でも、なぜバートは笑顔だったのだろう。
彼は煙突掃除をして、顔が真っ黒になっても白い歯を見せて笑って幸せそうだった。
そんなバートは煙突掃除夫の中でも人気があったような記憶がある。
5年ほど前に私はこの歌と再び出会った。
当時の私は仕事のこと、家族のことで明るい未来が描けなくなっていた。
うまく立ち回れない自分。
容量良く進められない自分。
言いたいことを言えない自分。
様々な自分に嫌気がさしていた。
たが、それは周りからの期待に応えたい…その気持ちが重なった結果だった。
職業人として。
母として。
妻として。
嫁として。
私は自分のことを不十分だと思っていた。
今思うと、不十分なんてことはないのだか、そう思い込まされていたのだろうし、それくらい追い込まれていた。
気持ちのやり場がなく、鬱々としていた時、私はYouTubeの動画に「チム・チム・チェリー」というのを見つけて、懐かしい気持ちで再生した。
ピアノの美しい旋律はどこか物悲しげな雰囲気ではあるが、私は知っていた。
悲しそうに聴こえるけれど、悲しい歌ではないと。
自分に誇りを持って、強く、たくましく、高らかに、笑顔で歌うバートが思い浮かんだ。
煙突掃除夫は当時の仕事としては決して人気のある仕事ではなかったし、どちらがというと、蔑まれる仕事だった。
けれど、そんな仕事をしていても自分を「幸運を運ぶ人間」だと歌うバート。
こんなに自己肯定感の高い人間は見たことがない。
私は泣いた。
子供が眠る横で。
一人泣いた。
苦手なことが多く、器用とは言えない私だけれど、ちゃんと仕事をして、母親としてもできる限りの責任を果たしている自分が不十分な訳がないのだ。
妻として、嫁としては確かに不十分かもしれない。
それはまた別の話だ。
周りは色々言いたがる。
理想や希望を押し付けて、そのように動かそうとしたがる。
残念ながら、私はそれが出来ない。
そして、そうされるのが心底嫌いなのだ。
天邪鬼と言われることもあるだろう。
けれど、それは「自分の意思がある」ということだ。
そうやって生きてきた。
そうやって夢を叶えてきた。
もちろん努力もした。
私は十分、頑張っている。
バートのように大きな笑顔を作れなくても、高らかには歌えなくても、どんな状況でも腐らず前を向いて歩みを進めてきた。
私はそれを忘れていたのだ。
私の未来は明るい。
そう思って、もう一度、歩き始めた。
今でも苦しいことがないわけではない。
辛くなることだってたくさんある。
けれど、どんな私も必ず乗り越えていける。
いつも灰と煙まみれだけど
この世界でこんなに幸せな奴はいない
いつかバートのように高らかに歌える日が来る。
それは確実な私の未来だ。
