歴史を楽しむ「北海道開拓の村」から帰ってきて、心に決めた
「北海道開拓の村」は、札幌で暮らしていた25年ほど前に聞いたことはあった。でも名前からして社会科見学のにおいがしてきそう。20代の私には魅力的に聞こえなかった。
歴史に興味を持つなんて、50歳手前のころだ。その前の私は、愚か者と言いたいほどに歴史に関心がなかった。
起きた出来事やくり返してはいけないことを理解はしていたけど、たぶん歴史を「その時」「その時」で切り取り過ぎていたのだと思う。しかも学校の試験では暗記もののジャンル。暗記ものはそこそこ得意だったため、試験を乗り越える時だけその言葉を唱えて、試験が終わったらその言葉のみが頭に残り、それが何のことだったか覚えていない。暗記ものが得意って、一夜漬けなものならそんなに誇れるものでもないなあと、この歳になると思う。
歴史をもっとドラマチックに伝えてくれる授業だったら少しはちがったのだろうか。
それだけじゃないよな、やっぱり私の気の持ち方なんじゃないかってそこに戻ってきてしまう。
私が興味を持つきっかけとなったのは、忘れもしない5年前に、更年期症状がひどくなってきたころに読んだ「鬼滅の刃」。
時代背景は大正のはじめころで、描かれている人々の暮らしが気になった。着ている服。機関車。家族。姓名のことやお祭り。神社仏閣。神楽や家紋。
いつから。どうして。が気になってくるともう好奇心は片足入っている。身の回りのいろいろな物や存在がおもしろくなってくる。
そして大正生まれの3人の祖父母や唯一明治生まれの父方の祖父を思った。彼らの持つ偏見や古い習慣など。このような時代を生きてきて、今となっては昭和生まれと揶揄される私たち世代を、祖父母は新しくてついていけないと思っていたのも当たり前ではないだろうか。
そうやって歴史って、続き流れているものなのだとようやく実感するようになっていった。
母方の祖父は本来、新潟に一族がいる。そこから祖父の両親の意向で北海道に渡ったそうだ。札幌で暮らしていた時期もあったようだけど、北見紋別から鉄道を通す国鉄の仕事をまかされ、指揮をとっていたらしい。北見紋別はオホーツクで網走に近く、地元の漁師さんたちから鮭など魚のいただき物があったそうだ。
その後、祖父は一人で中学生以降を新潟の親戚の家で暮らした。
仕事のため関西で暮らすようになって多分50年くらい経ち、認知症の症状が出ていた頃に、よく「すぐそこの海を見に歩きたい」と言った。近くの小さな川に連れて行き「近くに海はないのよ」と説明すると、しょんぼりして帰ったそうだ。
日によっては、鴨居にかかっている服を見て「今日は鮭がたくさん獲れたんだなあ」と言ったらしく、祖父にとって北見紋別での暮らしは懐かしく、帰りたい故郷の一つだったのだろうなあと思う。
祖父は大正初期の生まれだから、昭和初期に北海道で暮らしたことがあるわけで、「開拓の村」のような建物がたくさんあったのだろうなあと想像する。札幌にあった建物も、漁村にあった建物も、こんな雰囲気だったのかな。
なにしろ、「開拓の村」は、明治から昭和初期にかけて建てられた建物ばかりだそうだ。北海道各地の建物を、園内で再現している。
明治時代が舞台の「ゴールデンカムイ」は、ストーリーもキャラクターたちも大好きだけど、祖父の見ていた風景を一緒に見ているような気持ちになる。漫画もアニメも実写も、祖父の目を通しているようにリアルに見えてきて、胸にせまってくる。
実際、「開拓の村」は「ゴールデンカムイ」の漫画の中で参考にされているのだ。
あの建物、この建物、そしてあの内観、この内観とつながっていて。
それはそれはもう「ゴールデンカムイ」だらけなのだ。
でも実際に中に入ってみてすぐ、全貌も見えないその広さと、多くの建物たちに気後れしてしまった。

広さはもちろん……
わからない……。
どの建物もそれっぽい……。

次回は食堂と共に、是非楽しみたい

わりとにぎわっていた
どれも漫画に出てきたような気がするし、でもそれが何だったのか思い出せない!
ああ確か以前noteで詳しく書かれていた方たちのレポートはもっと詳しくて、読んでいるだけで「おお! あそこか!」と心動かされたなあ。私ったら、うっすら自覚はあったけど、ていねいに見ていなかったのねぇ。
とりあえず漫画が手元になくても、うす~い記憶力を必死で探ろうとしなくても、一目でわかった建物。

ドリフのようなシーンがある「札幌世界ホテル」。昔の建物だけどかわいらしい色とちょっと複雑な造り。そもそもは支庁庁舎だったのね。


蚕種製造所の説明があったためにピンとくる。


一番好きな樺太の旅編が目に浮かぶ
ここもさすがにわかった。ニシン番屋の内観。

外は修繕工事のため、覆われていて実物は見えない。

この建物の中で説明書きを見たくて順番を待っていると、ボランティアのおじさんが話しかけてきた。たぶん、自分と年齢が近いおじさんおばさんがじっくり見に来ていると思ってもらったのだろう。
当時の説明をしてくれて、その内容がとても興味深かった。
そこはニシン漁の親方の家で、玄関を入ってすぐ右側が親方たちの部屋。写真に撮ったのが働きに来ている人たちの寝床。縦に並ぶ畳、一つずつに一人の布団を敷いて、つまりギッシリ寝ていたことになる。彼らの多くは出稼ぎで秋田の人が多かったそう。
えっ秋田? 谷垣ニシパ! とか心の中で反応してしまう。
ニシン漁は当時、何十億レベルで驚くほど儲かったらしい。でも何年かしてニシンは来なくなったそうだ。
となりにあると言う船も見に行った。

やっぱり解説があると面白い。
面白いけど時間がないのと、あと足が疲れてくるのでその辺りで切り上げて移動。休めるベンチがあちこちにあれば良いのに。
奥の方のわかりやすい場所にも、大きな休憩所を作ってほしい。
すごく疲れる。
体全体が。
そして足が。
痛いのだ。
膝も。
休みたい!
でも建物群の一番奥だから、まだ中盤だ。
帰り道があるわよね。
ぐるっと回って川沿いも歩いた。「クマが出てきそう」と、にわかに夫と声たからかに喋り出す。怖いんだもん。
川沿いの土手や林にはクマザサとびっくりするくらいたくさんのフキの葉があって、アシリパさんの顔が思い浮かんだ。「こういう所を歩いていたんだろうね」「実写で撮影にも使ったかもよ」なんて二人で盛り上がる。

そう言えば、教会の内装がいかにも「ゴールデンカムイ」の鶴見中尉の思いを知るシーンだと思ったらやっぱりそうだった。これも写しておけば良かった! 細かな装飾などもしっかり写しておくんだったー。
いやあこれはもうちょっと予習してこなければなあ。
他の建物の内観も照らし合わせると相当楽しいらしい。何しろ時間と体力がなかった。
夫は、北海道大学の恵迪寮の内部をとても楽しんでいた。恵迪寮は100年前からあり今も北海道大学にある有名な寮。部屋の造りや内部の様子も面白かったけど、ここにも「ゴールデンカムイ」関連の部屋があったようで、注意深く見ていなかった。
当時の学生さんたちがちょっとフザけている様子も写真に残っており、いつの時代も楽しそうな人たちがいて、そういう時間は誰にもあったのだと思いをはせる。
有島武郎が、新渡戸稲造に書いたちょっとした書簡が展示されていて、二人で驚きまた盛り上がった。お二人とも北海道大学の前身、札幌農学校に通っておられた。
二人はつながりがあったのかー。バラバラに覚えていたよー。こんな字を書いたんだねー。
「北3条西1丁目」との文字を見て、また二人で感慨深く宙を見上げる。だいたいあの辺か―などと思う。
この日はとにかく疲れていて、朝起きてから「今日はどこにも行けないかもしれない」と夫に言って午前中を部屋で休むだけで過ごした。
少し快復したので向かってみようと、着いたのがもう2時くらい。晩ご飯の待ち合わせなどあって2時間くらいもない中、そして体が疲れている中、歩いて足が痛くなり。
「もう一度、来たい」と思った!!
「ゴールデンカムイ」でどの家がどのシーンで描かれているかもっとわかりながら見たい! 外観や内観を見比べながら楽しみたい。そのために、自分だけの地図を作りたい。それを見ながら歩きたい。
そして「わあ。あのシーンだ!」って思うだけじゃなく、ちゃんと時代も感じたい。ボランティアスタッフさんの話が興味深かったから。漫画の中の世界だけじゃなくて、当時の北海道での暮らしがまざまざと見えるような気がした。祖父も知っていたのかもしれない。家の造りや道具もよく見たらきっともっと面白い。
それと同じくらい、足を鍛えるのも重要だと思った。たしかに5年ほど前に更年期で半年ほど寝込み、どんどん歩けなくなった。膝も痛めてその頃は徒歩10分の坂道も上がれなかった。
ようやく元気も少し戻り、膝周りの筋肉も少しだけ鍛え歩けるようになってきてはいる。
でも。
足首がかたくなっている。いつもより長く歩くとヒザ周りも痛くなる。太もももすねもふくらはぎも張ってくる。筋肉も関節も弱すぎ!!! 以前より少しずつ体調はマシにはなっているから、次行く時は今より入念にストレッチを重ねて筋力をつけるんだ。
息子が札幌のアパートにいる以上、行く機会はこれからもあるから。
はたして私は、自作の地図を作ることと体力アップを誓って帰ってきたのだ。次回を楽しみにするぞ!
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読んでいただいて、ありがとうございます!
心に残る記事をまた書きたいです。