大切なことは、悲しくても忘れないようにしたい ~ひつじ探偵団~
ちょっと遅くなっちゃったけど、書こうか迷っていた感想文をやっぱり残しておこうと思って。
映画を観ながら「えっ。羊って……そういうイメージ?」って気になってしまってね。
愚鈍で無力。そんな風なセリフでそう描かれるたびにストーリーを追いつつ「文化的なものかなあ」と、何度もかすめる。
35年ほど前。大学で英米児童文学の授業に引きこまれた。
絵本や児童文学を通してその先生は、家庭や学校や生き方を問いかけてくる。要所要所で「こんな風に書いていますね」などと言っては皆を見回して少し沈黙し、ニヤリとするだけで、いつだってその答えを教えてくれたことはなかった。
文学の面白さそのものを教えてくれるその先生を尊敬するようになった。
3年生からその先生のゼミに入ると、「英米児童文学を勉強しているのなら、マザーグースくらいは教養として知っておいてください」と言われた。
もちろんマザーグースに関して少しは講義をしてくれたけれど、基本的に先生の教えてくれる作品は幅広く、日本の児童文学やヤングアダルトにまで及んだ。
紹介する本を読んで自分なりに勉強するかしないか自分次第だったのだ。
「マザーグース」のことはずっと頭にあり、ちょうどニュージャージー行きを実現できた私は、そこで一目ぼれした本を買ってきて何度も読んだ。

152ページありながら当時1500円くらい
楽しくて、めちゃくちゃ読み込んだ

今以上に物を知らない20歳ころの私の
勉強の跡が恥ずかしながらあります
マザーグースは童謡みたいなもので、「ロンドン橋おちた」「メリーさんの羊」「きらきら星」なら皆さんご存じだろう。聴いたことのある子守歌やクリスマスソングも入っている。
欧米に幼いころから暮らす人たちは文化的なものとして根付いていて、おまじないで使われたり、スーパーで売っている商品のイラストや映画のセリフでも出てくるので、知っておくと目にするもの、耳にするものがより楽しくなる。
ニュージャージーで幼少期暮らしていた私にとって、知っているものもあるけれど、大学生のこの時期に覚えたものも多い。
日本なら何かな。数え歌やわらべ歌。ちょっと怖いのも含めてあるよね。そんな感じ。
20歳の頃に買ったその本にも、羊がたくさん出るなあ。とぼんやり思っていたのを今回思い出したのだ。
猫、犬、ロバ、アヒル、豚、ネズミなどなど、たくさん出てくるんだけどね。それは生活に密着していたからなのだろうし、羊もきっとそういう意味で。
ただぼんやり思っていたわけで、そこを追求して考えたことはなく、今回少し調べてみたら、キリストが羊飼いであったこととも関係あるらしかった。宗教的なものはよくわからないけれど、羊は人間として例えられるらしく。そういった文化的な背景があるのだとしたら、この映画もちょっと見え方が面白く感じてくる。
映画で、無力であるように言われている羊たちだけど、人間の言葉がわかる設定。
でも人間は羊たちの言葉はわからない。メエメエ鳴いている。(かわいい……)
羊たちの飼い主ジョージが毎晩のようにミステリー小説を羊たちに向かって読み、犯人がわかる直前で「続きはまた明日」と切るシーンが予告で流れていた。
また明日、となって不満をもらす羊たちは、自分たちで犯人を予想しああでもないこうでもないと話す。
※ストーリーに関するネタバレはありませんが、内容に少し触れています。
ちょっとコミカルで楽しみにしていたように、ストーリーは面白かったし、笑えるシーンも多かったし、羊はもちろんかわいらしくて、ちゃんとミステリーだった。
でもすごく気になったのが、「悲しみに耐えるのがつらすぎるから、これは忘れてしまいましょう」と言い合って、「1、2、3」で忘れてしまうシーン。ストーリー上ネックになっていて、何度も出てくる。
本当に忘れたみたいに信じられないほど身軽になって、悲しみの前の感情に戻るのだけど、これこそが人間の愚かさではないかと見せられた気がした。今の世の中を思うとね。
確かに考えても仕方のない、考えても何の影響も何の変化もないことは考えなくて良いはず。それなのに考えて不安になったり、一人で思い詰めていたりするから、私たちは「いったん考えるのやめ!」とする瞬間は必要だと思う。これからも。
でも考えなければいけないこともあるよね。すぐに答えが出ないことに関しては、細く長くもしかしたら一生考え続けた方が良いことってあるんじゃないだろうか。
それは覚えていなければならないことも含めて。
覚えていることって、後の世界にも、その後の自分の生き方にも大切なんだよな。
耐えられない悲しみに対して、トラウマになってしまい、あまりにつらくて本当に忘れてしまうケースもある。人によっては、思い出したくないから考えないようにしようと心がけることだってあるだろう。
本当はそれでもトラウマを乗り越えた方が良いのだろうけどね。無理にそれを考えろなんて、心の傷に対して私は無責任に言えない。
ただ覚えないようにすることで、同じことを繰り返してしまったり、誰かにそれを向けてしまったり、大切なものを失ってしまったりしたら、どうしても立ち止まらなくてはいけないだろうと思う。
映画の羊たちは、忘れることで一見、のんきに楽しく暮らしているように見える。
でも愚かにも思えてしまう。お互いに思い合って生きているようで、実はそうでもないじゃないか。だって大切な誰かや、自分の思いを忘れないからできることってあるはずだよね。
のんきに生きたいと願う私であっても、それは忘れられないものがたくさんあって、どうしてものんきになりきれないからなのかもしれない。
考えこんでしまうのは、忘れてはいけないものがたくさんあるのではと思えたし、忘れないから、人への思いが豊かで深いものなのかもしれないよな。
そう思うと、ちょっとだけ自分の厄介な部分が悪くない気がしてくる。
羊飼いのジョージは、忘れないためにも一番のお気に入りの羊に、リリーと名付けたんだろうな。
そして私は悲しみを忘れられずそれを受け止め、人にあえて押し付けないモップルがとても気に入った。
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あっあと、最後に流れた ザ・プロクレイマーズによる「アイム・ゴナ・ビー (500マイルズ) 」!
1993年公開の「妹の恋人 (Benny & Joon)」というジョニー・デップ主演の映画で流れたもの。サントラのCDを買ってこの曲を繰り返し聴いて、サビの部分を歌えるくらい好きだったので、すごくなつかしくてすごくうれしかった。
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読んでいただいて、ありがとうございます!
心に残る記事をまた書きたいです。