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祖母のことをちょっとだけ語らせて。

おとといの晩書いた、かわいいおばあちゃまたちの記事
書いたあと、「さぁ寝よう」とふとんにもぐって、暗闇の天井を眺めていたら、亡くなった祖母を思い出して涙がほろほろ出てきて眠れなかった。

実家で一緒に暮らしていた祖母は、老衰で亡くなった。享年106歳(数え年)。令和元年のことだ。
最後まで自分のことは自分でするという姿勢を見せた女性だった。
自分の部屋をクイックルワイパーでせっせと掃除し、足腰が弱ったらだめだと低いタンスに手を添えて、足を上げ下げしたりしていた。編み物をしてひざ掛けをつくり、パッチワークをして小さなカバンを作り、自分の服を自分で繕い、ごみ箱用の袋を広告を折り作っていた。
風邪をひいたり、足の膝に水が溜まって歩くのがしんどいときも、トイレに這ってでもいき、用を足す。なるべく迷惑をかけないようにと過ごす人だった。

元気になったら、シニアカーを引きながら町内をぐるりとゆっくり歩き、母の作る料理を私たちと一緒に食べた。

そんな生活を、亡くなる直前まで続けていた…はずだ。
私が実家を離れた最後4年ほどは、ずっとそばに私はいなかったけど、帰ると元気だったから。

私は「おばあちゃ~ん」と抱き着いて「もう、あんたはすぐひっついてくる…笑」と言われるのが好きで、なにかあるとすぐひっついていた。
ただ生きて、そこにいるだけでよかったのに。

そんなことを思い出して、あ~会いたいなぁなんでいないのかな…と、ぐすぐすしていたらいつの間にか眠っていた。

次の日の昼、仕事休憩時にnoteを開いて記事を読んでいた。
その中で、おかぐちや源太さんの記事がでてきた。それを読み、夜中にほろほろ出た涙がまた出てきて、お弁当を食べながらまた泣いた。

私も祖母の死に間に合わなかった。
間に合わなかったというより、亡くなる前日に近くまで行っていたのに、その次の週に実家に帰る予定にしていたので「まぁ来週帰るからいっか」と、実家に立ち寄らなかったのだ。

あの日帰ればよかったのかなぁ、って、今でも思う。
でも、帰ったとて、私がたぶん取り乱してうるさいだけだと、祖母が「帰ってくるな」と言ってくれたのかもしれないし…と思ったりもした。でもそれは、自分の都合のいいように解釈しているだけの気もする。

ちょっと今日はここまでしか書けないや。
またおばあちゃんのことは書きたい。そのときまで。

#66日ライラン
17日完
2,635m

きょうのいいこと3選
・今日は花桃を愛でた、やったー
・おいしいかりんとうまんじゅうをいただいた、やったー
・手土産だど、おこわとバラ寿司をいただいた、やったー
・新酒まつりのイベント準備を少しすすめれた!やったー



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