GWにおすすめしたい10の拾い読み① 寺田寅彦『コーヒー哲学序説』—立派な理念より、机の上の一杯が人を動かす?
4月も後半になると、
連休に何をしようかな?と少しソワソワしてしまいます。
真っ先に思いつくのは読書なのですが……「この機会に大作を読み通すぞ!」なんて決心しても、たいていは計画倒れになりがちで。
だから最近は、大きすぎる目標を掲げないことにしています。
1冊を「全部読み通そう」などと無理をしない。
一節だけとか、一章だけとか。
興味がわいたところだけを「つまみ読み」するのでも全然OK。
そう思って読んでみると、それで十分、面白いこともよくあるのです。
気負わなくなったぶん色々な本に手を出すことができて、思わぬところで発想が広がったり、忙しいときの気分転換になったりしています。
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こんな読み方で最近読んだ本の中から、面白かったいくつかを、「おすすめしたい10の拾い読み」として、シリーズでご紹介していきます。
通読できる本のリストや立派なレビューではありませんが、何かのご参考になりましたら幸いです。
今回ご紹介するのは、寺田寅彦の短い随筆『コーヒー哲学序説』です。
短いのに、引用したいところが多すぎる文章ですが…
今回はここをご紹介↓
芸術でも哲学でも宗教でも、それが人間の人間としての顕在的実践的な活動の原動力としてはたらくときにはじめて現実的の意義があり価値があるのではないかと思うが、そういう意味から言えば自分にとってはマーブルの卓上におかれた一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術であると言ってもいいかもしれない。
コーヒーを哲学や宗教や芸術と並べてしまうこの書き方、大げさにも見えますが…この文章の面白さは、ここに気取りがないことだと思います。
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寺田が言いたいのは、コーヒーが高尚だ、ということではありません。
むしろ逆です。
どんなに立派な思想でも、それが人を現実に動かさないなら、価値は半分しかない。
そして人を動かすものは、案外もっと安価で、もっと日常的で、もっと外聞の悪いものであることがある。
そのことを、寺田はかなり正直に書いています。
この随筆の前のほうで、寺田は、研究が行き詰まったときにコーヒーを飲むと書いています。
コーヒーを飲むために飲むのではない。
カップの縁が唇に触れようとするその瞬間、頭の中に一道の光が流れ込むように、解決の手がかりを思いつくことがある、と。
つまりここでのコーヒーは、嗜好品ではありません。
思考を前に進めるための装置です。
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この感覚は、少しわかる気がします。
私はたいてい、早朝にnoteを書きます。
そのときのおともはいつも、豆から挽いたコーヒーです。
私には、これといった趣味らしい趣味はありませんが、アートを見て自分なりに解釈することと、世の中の出来事を自分なりに解釈して言葉に直すことは好きです。
ただ、それらを外に出すためには「力」が必要なのです。
頭の中でぐるぐる考えているものを、なんとか外に出したい。
そのとき、挽きたて、淹れ立てのコーヒーが、そのための起動装置になってくれています。
コーヒーがなければ何も書けない、というほどではありませんが…
あるとないとでは、明確に違う。
まだ輪郭のない考えが、少しずつ言葉の形を取り始める。
内側に滞留していたものが、外に出せるものへ変わっていく。
そんな感じです。
だから寺田の言う「自分のための哲学であり宗教であり芸術である」は、実は私には、それほど大げさには聞こえませんでした。
この言葉は、コーヒーそのものを神格化しているのではなく、人を動かす小さな原動力を侮るなと言っているような気がして。
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私たちは「何が人を動かすか」を語るとき、わりと立派なものを持ち出しがちですが…
理念、志、使命、世界観。
もちろん、それらは大事です。
でも実際には、人が締切前に机に向かう理由も、考えの絡まりをほどくきっかけも、そんなに見栄えのいいものばかりではないのかも。
むしろ人を動かしているのは、
朝の決まった手順だったり、
お気に入りのカップだったり、
いつもの席だったり、
一杯のコーヒーだったりする。
そういったものは、
外から見ると取るに足りなく見えることも多い。
寺田はそのことをよく知っていたのでしょう。
だから最後に、自分の原動力を「安価で外聞の悪い意地のきたない原動力」と、わざわざ少し悪く言ってみせる。
これは照れでもありますが、
同時に、きれいごとへの批判でもあるかもしれません。
立派な理念を掲げることと、実際に一行を書くことのあいだには、距離があります。
その距離を埋めるのは、往々にして、美しい思想そのものではなく、もっと実務的で、もっと身体的で、もっと小さな装置です。
私にとって寺田寅彦のこの随筆が面白いのは、コーヒー論に見えて、実はそういう話になっているところでした。
人間は、何によって本当に動いているのか。
そして、自分を動かしているものを、自分できちんと知っているか。
本を全部読まなくても、ここだけで十分に面白い。
そして読んだあと、自分の机の上にある小さな原動力を、少し見直したくなるような文章だと思います。
青空文庫で全文読めますので、リンクを置いておきますね。
よろしければ、本日のコーヒーのおともにぜひ。
