DCF財務モデリングと企業価値

(記事では一株25000円あたりで話が進んでいるが今大体こんな感じ)


はじめに:なぜ一つの電線メーカーの株が5年で50倍になったのか

2021年の初め、古河電気工業の株価は1株あたり約500円前後で推移していた。それが2026年の春には2万5,000円に迫る水準まで駆け上がった。約5年で50倍。テスラでも仮想通貨でもなく、創業130年以上の老舗の電線・光ファイバーメーカーが、だ。

なぜこんなことが起きたのかを理解しようとしたとき、チャートをながめているだけでは限界がある。決算短信を読んでも、数字の羅列の前で立ち止まってしまう。

そこで役に立つのが財務モデリングという手法だ。

財務モデリングとは、企業の未来を数字に変換し、それを現在の価値に換算して株価の妥当性を検証する作業のことをいう。これは証券会社のアナリストやPEファンドのプロが日常的に使うツールだが、本質的な考え方は難しくない。そして一度身につけると、株価ニュースの見え方がガラリと変わる。

この記事では、古河電工の実際の財務データをもとに、DCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)モデルを一緒に組み立てながら、「株価とは何を織り込んでいるのか」 を解説していく。

財務モデリングの地図:DCFとは何か

企業の価値を測る方法はいくつかあるが、大きく分けると3種類ある。

マルチプル法(PERやEV/EBITDAで同業他社と比較する)、LBO分析(レバレッジドバイアウト、買収時の利回りを試算する)、そしてDCF法(将来のキャッシュフローを現在価値に割り引く)だ。

今回はDCFに絞る。なぜなら、DCFは「現在の株価が何を信じているのか」を最も直接的に可視化できるからだ。逆算すれば「この株価を正当化するには、どんな未来が実現しなければならないか」がわかる。それは市場との対話の道具になる。

分析対象:古河電工と光ファイバーの需要爆発

古河電気工業は、電力ケーブル・通信ケーブル・光ファイバーなどを製造する日本の老舗メーカーだ。地味な存在に見えるかもしれないが、ここ数年でAIデータセンターの爆発的な拡大が同社を主役級の銘柄に押し上げた。

AIサーバーが密集するデータセンターでは、GPUとGPUをつなぐために膨大な量の光ファイバーケーブルが必要になる。調査会社CRUの推計によれば、AIデータセンター向けの光ファイバー需要は2025年に前年比75.9%増。さらに、AIデータセンターは従来型に比べて36倍もの光ファイバーを必要とすると言われている。

価格も急騰した。2025年後半から光ファイバーの市場価格は70%以上跳ね上がり、母材から一貫生産できる古河電工・フジクラ・住友電工など日系メーカーの競争優位が際立つようになった。

FY2025(2025年3月期)の実績を見ると、売上収益は1兆2,018億円、営業利益は471億円(利益率3.9%)。この数字が「織り込み済みの過去」だ。財務モデリングが問うのは、ここから先の未来だ。

DCFの5ステップを動かしてみる

Step 1:売上を予測する

財務モデルの起点は、売上の将来予測だ。成長率をどう置くかで、すべての数字が変わる。

古河電工の公式ガイダンス(FY2026期)は売上¥1.2兆、営業利益¥530億(+13% YoY)と保守的な水準だ。しかし光ファイバーブームを正面から織り込むと話が変わる。

今回のモデルでは、光ファイバーブーム・ベースシナリオとして以下の成長率を置いた。

年度売上成長率売上収益(億円)FY2026E+15%13,820FY2027E+18%16,308FY2028E+12%18,265

単純に「強気な数字」を並べたわけではない。光ファイバー価格の急騰、AIデータセンターのシェア拡大(全体の5%→30%)、古河電工の垂直統合による競争優位、これらの根拠を積み上げた結果だ。


Step 2:フリーキャッシュフロー(FCF)を計算する

売上予測ができたら、次は「実際にどれだけのキャッシュが生み出されるか」を計算する。これが**フリーキャッシュフロー(FCF)**だ。

計算式はこうなる。

FCF = NOPAT + D&A − 設備投資(Capex)− 運転資本増加(ΔNWC)

順に分解すると:

  • NOPAT(税引後営業利益)= 営業利益 × (1 − 実効税率)。本業で稼いだ利益の税引後。(税金が結構でかい、税務コンサルは偉大)

  • D&A(減価償却費)= 現金支出を伴わないコストなので足し戻す。

  • Capex(設備投資)= 将来の稼ぎのために使うキャッシュなので引く。

  • ΔNWC(運転資本の変化)= 売上が増えると在庫や売掛金も増えるため、その分のキャッシュが拘束される。

  • *減価償却費…資産の価値消費とそれによって生み出した収益を対応させ適正な期間損益計算をするため、資産の額を一定の割合で費用化していくこと(会計学)現金支出がない

  • Capex(設備投資)…設備投資の適正な回収はAI時代の主要な議論の的になっている。設備投資に見合った収益があげれないと後で過大な減価償却費が降ってくる。

古河電工の場合、D&A比率は売上の3.4%、Capex比率は3.2%と実績から推計。光ファイバーブームのベースシナリオでは、FY2028EのFCFは約1,016億円と試算された。これはFY2025実績の約2倍だ。

例えばこういうニュースが流れたとき、「DCFモデルの売上と設備投資が変化するなぁ」と読む(結構大事)

Step 3:WACC(割引率)を求める


将来のキャッシュフローを現在価値に換算するには、割引率が必要だ。財務モデルではこれをWACC(加重平均資本コスト)と呼ぶ。

「1年後にもらえる100万円」と「今すぐもらえる100万円」は同じ価値ではない。1年後のリスクと時間の価値を反映して割り引くのがWACCの役割だ。

WACC = E/(E+D) × Ke + D/(E+D) × Kd × (1−税率)
  • Ke(株主資本コスト)はCAPMで計算する。リスクフリーレート(日本10年国債1.5%)+ベータ(1.1)× 株式リスクプレミアム(5.5%)で、Ke = 7.55%

*株主資本コスト…株主は「この会社に投資するなら最低これくらい稼いでほしい」という期待リターンを持っている。それを下回ると株価が下落し、資本調達が困難になる。だからコストとして扱う。

  • Kd(負債コスト)**は税引前2.5%。

  • 時価総額と有利子負債の比率で加重平均すると、WACC = 6.56%

ベータとは「市場全体が1%動いたときにその株が何%動くか」を示す感度だ。古河電工のβ=1.1は、市場より少し振れ幅が大きいことを意味する。リスクが高い分、投資家が要求するリターンも高くなる。

Step 4:ターミナルバリューで永遠を価値にする

DCFモデルには必ず期間外の問題がある。3年〜5年先まで予測しても、企業は(倒産しない限り)その先も続く。この予測期間を超えた価値の総体をターミナルバリュー(TV)という。

計算はゴードン成長モデルを使う。

TV = FCF(最終年) × (1 + g) / (WACC − g)

gはターミナル成長率。日本の名目GDP成長率の目安として1.5%を置いた。

ベースシナリオのFY2028E FCF(約1,016億円)を使うと、TVは約2兆370億円。これを3年分割り引いて現在価値に換算すると、約1兆6,840億円になる。FCVの現在価値(約1,989億円)と合わせると、企業価値(EV)は約1兆8,830億円だ。

ターミナルバリューがいかに大きな割合を占めるかがわかるだろう。これが「遠い未来の仮定が株価を大きく動かす理由」でもある。

Step 5:企業価値から株価へ

EVが求まったら、そこから株価を計算する最後のステップだ。

株式価値(Equity Value)= EV − 純有利子負債(+ 少数株主持分など)
株価 = 株式価値 ÷ 発行済株式数

純有利子負債(有利子負債 − 現金)は約2,762億円。発行済株式数は7,067万株。

株式価値 = 18,830億 − 2,762億 ≒ 16,068億円
理論株価 = 16,068億 ÷ 7,067万株 ≒ 約22,740円/株

ベースシナリオの理論株価は約22,740円。2026年4月時点の実際の株価(約25,000円)には約10%のディスカウントが存在する計算になる。

前提を変えると株価はどう動くか:3つのシナリオ

DCFモデルの本当の価値は「一つの答えを出すこと」ではなく、**「前提条件を変えたときに株価がどう変わるかを示すこと」**にある。

光ファイバーブームに対して、3つのシナリオを置いてみた。

シナリオ成長率の前提EBIT Margin理論株価現在株価比


熊(Bear):ガイダンス通りFY26: +5% / FY27: +5% / FY28: +4%4.5〜5.5%約9,907円

普通(Base):光ファイバーBoomFY26: +15% / FY27: +18% / FY28: +12%5.8〜9.5%約25,855円

強気(Bull):AI需要フル爆発FY26: +20% / FY27: +25% / FY28: +18%6.5〜11.5%約37,083円

ここに重要な示唆がある。現在の株価(約35,000〜36,000円)は、強気シナリオとほぼ一致している

つまり市場は光ファイバー価格の高止まりが続き、AIデータセンター向け需要が爆発し、古河電工のマージンが大幅に改善するという将来を、すでに相当程度確信している、ということだ。

Bearシナリオが実現すれば株価は理論上70%以上下落する余地がある。強気シナリオが実現すれば概ねフェアバリューに近い。これが「株価に未来が織り込まれている」という意味だ。

感応度分析:たった2つの数字で株価は3倍変わる

モデルの仮定の中で特に影響が大きいのが、WACC(割引率)とターミナル成長率(g)だ。この2つを少し動かすだけで、株価の試算値は劇的に変わる。

下の表は、WACCとgを変化させたときの理論株価(ベースシナリオのFCFを使用)だ。


WACCが5.5%(低金利・低リスク)でgが2.5%(高成長)なら理論株価は32,400円。WACCが8.5%でgが0.5%なら6,600円。同じFCF予測でも、5倍近い差が生まれる

これが財務モデリングの「怖さ」であり、「面白さ」でもある。WACCは市場環境(金利水準、リスク許容度)によって変化し、gは長期成長への期待を反映する。つまりこの2つは、企業固有のファンダメンタルズではなく、マクロ環境と市場心理に大きく左右される。

金利が上昇したり、AI需要の成長鈍化が意識されたりすれば、それだけで株価は大きく調整しうる。企業の業績は悪くないのに株が下がるという現象の多くは、このメカニズムで説明できる。

現在株価から逆算する:市場が「信じていること」を読む

DCFモデルは、株価を予測する道具である以上に、現在の株価が何を前提にしているかを逆算するツールとして使える。

古河電工の現在株価を約35,370円として逆算すると、市場が暗黙的に想定している成長シナリオが浮かび上がる。FY2027の売上成長率で言えば約20〜25%、EBIT Marginで言えば9〜10%台の世界だ。

これは「無理な数字」ではない。フジクラは同様の光ファイバー爆発でFY2025の営業利益が前年比50%近く増加し、PERは40倍超まで拡大した。光ファイバー関連株の比較群(Corning、フジクラ、住友電工)と比べると、古河電工の水準はむしろ保守的とも見えてくる。

ただし、強気シナリオの実現には条件がある。光ファイバー価格の高値が2028年まで維持されること、DC向け需要が想定通り拡大すること、古河電工の情報通信セグメントが赤字から大幅黒字へ転換すること。これらが崩れたとき、株価は修正を迫られる。

財務モデルは「予測が当たる」ためではなく、「どの仮定がどれだけ重要か」を知るための道具なのだ。

おわりに:モデリングは「問いを立てる技術」

財務モデリングは、決して「株価を当てる魔法」ではない。

むしろ逆で、モデルを組めば組むほど「いかに不確実性が大きいか」が身に染みてわかる。ターミナルバリューの比率の高さ、WACCのわずかな変化が理論株価に与えるインパクト、成長率の前提次第で答えが3倍も変わること……。

それでも財務モデリングには価値がある。それは**「何を信じれば今の株価が正当化できるか」という問いを、具体的な数字で立てられるから**だ。

「光ファイバー価格が2年後も高止まりすると本当に思うか?」「古河電工のマージンが2倍になるシナリオを、競争環境を踏まえて信じられるか?」

こうした問いを持てる人が、ニュースのノイズに流されず、自分の頭で相場と向き合える。財務モデリングを学ぶとは、そういう問いを立てる技術を身につけることだと、筆者は考えている。

今回作成した古河電工のDCFモデルは、Excelで6シート構成(前提条件・損益計算書・WACC計算・DCFモデル・感応度分析・光ファイバーシナリオ分析)に仕上げた。興味がある方は、ぜひ自分でパラメータを動かして「自分が信じる未来」を入力してみてほしい。モデルが返してくる数字に、きっと発見がある。

ニュースを読むときは目の前の業績などに振り回されず、頭の中でこの財務モデリングを思い出し、ニュースの情報を頭で反映していくことが大事である。

製品を値上げしたら、売上高も利益率も変わる。設備投資すれば将来の売上とFCFが下がる。金利が上がればWACCが上がるので企業価値がさがるみたいな。

実際の財務モデリング

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1gcm77dyQV6tsBy1K2cJx3zTdtsY87kpl/edit?usp=sharing&ouid=108053342016039997662&rtpof=true&sd=true


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