見出し画像

読書記録「街とその不確かな壁」

川口市出身の自称読書家 川口竜也です!

今回読んだのは、村上春樹さんの「街とその不確かな壁」新潮社 (2023) です!

村上春樹「街とその不確かな壁」新潮社

・あらすじ
きみがぼくにその街を教えてくれた。街は高い壁にまわりを囲まれていて、そこには本当の、、、わたしが暮らしていると。

この実際の、、、世界で、高校二年生のぼくは、高校一年生のきみに出会った。

きみは自身のことを多くは語らなかった(もっとも、ぼくも多く語る方ではない)けど、二人で時を過ごすだけで十分満ち足りていた。

ぼくは十七歳、きみは十六歳。高校生の、若者の恋愛と言えばそうかもしれない。だけど、それ以上に、お互いに愛し合っていたはずだ。

だけどそんなきみは、突然いなくなってしまった。手がかりとなるのは、きみが語っていた、壁に囲まれているという街について。

人々は影を持たず、時計は時を刻まず、人間の他には金色の毛に覆われた獣だけが存在するという、その街について。

そして目が覚めると、ぼくはその街にたどり着いていた。

壁は言った。おまえたちに壁を抜けることなどできはしない。たとえひとつ壁を抜けられても、その先には別の壁が待ち受けている。何をしたところで結局は同じだ。

同著 174頁より抜粋


課題本系読書会に向けて、久方ぶりに紐解いた村上作品。現時点(2025年12月)において、村上春樹さんの最新長編作品にあたる。

ある人は「最後まで読み切れなかった」と淡々と語り、ある人は「(年齢的に)村上さんの最後の長編作品だと思うと涙が出た」と語る。

私としては、どちらにも該当しないのだが、読み終えたときに、深く、深くため息をついた。

まるで、大きな憑き物が落ちたように。


読み終えたは良いが、さて、何を語ろうか。

村上春樹さんの作品を読んだあと、いつも自分が何を読んだのかを見失う。

とてもいい作品だった。まるで上等なウィスキーを飲んだように。だけど、酔いしれてしまうあまり、何を堪能したのかを忘れてしまう。

もちろん、考察しようと思えば、できないことはない。

表題の「不確かな壁」とは一体何なのか、図書館での「夢読み」とは何を指すのか、影を失うとは一体どういうことなのか。

『人は吐息のごときもの。その人生はただの過ぎゆく影に過ぎない』。

同著 303頁より抜粋

残念ながら、一回読んだだけでは、それを自分なり咀嚼することができていない(もとより、考察は得意ではないのだ)。

ただ、それは憶測に過ぎないのだが、その壁とは結局のところ、自らの心の壁ではないか。心の殻とでも言えようか。

おそらく、現実的に・・・・考えれば、本作で描かれる壁に囲まれた街は、この世界・・・・のどこにも存在しない(もっとも、見たことがないことは、存在しない理由にはならない)。

主人公は在りし日のきみ(彼女)に出会うために。またある者は、この世界における社会的な適合能力というものに欠けているがゆえに。

そして、強く切望すればたどり着ける場所。逆に、意思とは別に存在する強固なものが、現実という世界に連れ戻す場所。

決して妄想や空想ではない、確かに存在する場所――。

「ぼくはそこに行くことができるの? 本物のきみがいる、その名前を持たない街に」
きみは首を曲げ、ぼくの顔を間近に見つめる。「もしあなたが本当に、、、それを望むなら」

同著 94頁より抜粋

「現実逃避」かもしれない。時間も仕事も、人間関係の煩わしさも存在しない街があるならば、そしてそこに自分の責務や役割があるとすらならば、そこに行きたいと思うのは、ある意味では普通かもしれない。

残念ながら、それを切望してこの世界から退出する人もいる。中には、一方通行・・・・であることを望む人もいるように。

だけど、その行きたい・・・・という気持ち、あるいは意思と、この世界に留まりたい、生きたい・・・・という何かは、異なるものである。

つまり何がいいたいのかと言うと、我々には表面上の意思よりも、遥かに力強い心が備わっているということ。

心が自分自身であるならば、それを堰き止める壁は意思になるのか。

しかし、と私は思う、現実はおそらくひとつだけではない。現実とはいくつかの選択肢の中から、自分で選び取らなくてはならないものなのだ。

同著 623頁より抜粋

いやはや、まとまりのないまとめである。

それに、言葉の意味やメタファーを求めているのは、あくまでも読者であって、村上春樹さん自身は、そうは考えていないかもしれない。

そのことは、「あとがき」でも述べられている。

そのような状況は何かを意味するかもしれないし、何も意味していないかもしれない。しかしたぶん何かは意味しているはずだ。そのことを肌身に実感している。

同著 あとがき 660頁より抜粋

ただ村上さん自身が、そのとき心に浮かんだことを書いただけであり、我々読者は、それに付き合っただけに過ぎないかもしれない。

もっとも、読むこと自体の楽しさを感じられるだけでも、我々読者にとっては大変意味のあることである(なぜ上から目線なのだろう)。

でも本当、いくつかの考察を抜きにしても、そもそも考察をしないにしても、とても楽しめる作品でした。それではまた次回!

いいなと思ったら応援しよう!

川口 竜也 / 川口市出身の自称読書家 今日もお読みいただきありがとうございました。いただいたサポートは、東京読書倶楽部の運営費に使わせていただきます。