雑記|『道野』についての補遺 2
付け足して述べると、『道野』は藤枝静男の『欣求浄土』やつげ義春の後期の作品に触発されて書きはじめたのでしたが、とくに藤枝静男については、いまとなっては誤読していた気がします。確信をもって誤りと言い切ることはできず、つまり、もう一度じっくりと読み返してみるべきなのですが、その、わたしの「読み」の不確かさに気付いたとき、『道野』の全体をとおして書こうとしたことは、揺らいでしまったのでした。
たとえばわたしは以前、『田紳有楽』の書き手としての藤枝を「禅的」と書いたことがありますが、それは確信をもって誤りだったといえます。これについては、訂正するべきだとずっと考えていました。藤枝が到達したのは、禅的などではなく、もっと雑多で、あらゆる音が鳴り響き、ときに共鳴し、ときに反発するような、快楽的な境地です(『田紳有楽』を読めばそんなことすぐにわかるはずなのに!)。付け加えていうと、その境地はとりもなおさず藤枝の「私」そのものであり、その点に、藤枝の作品のこのうえない面白さがあるのです(このとき、わたしはドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』の冒頭におけるつぎの一節を思い出します。「⼈間は万物の王者ではなく、むしろ、あらゆる形態あらゆる種類の深い⽣と接触し、星々や動物さえ引き受け、〈器官機械〉を〈エネルギー機械〉に接続することをやめず、彼の⾝体の中には樹⽊があり、⼝の中には乳房、尻の中には太陽があり、⼈間は宇宙の様々な機械を永遠に担っている」。この一文は『田紳有楽』を読むにあたって示唆的です。なぜなら、藤枝の「私」のなかにはグイ呑みがあり、湯呑みがあり、丼鉢があり、出⽬⾦があり、⼤蛇があり、弥勒菩薩があり、つまるところ宇宙的なさまざまな事物が彼の「私」のなかに内包されていたのですから)。
わたしは、自分が藤枝の作品について「禅的」であるといったのと似たような(「同じ」ではありません。誤りの方向性が同一ということです)錯誤が、藤枝の作品全般——とくに『欣求浄土』を読むにおいてあったような気がしたのでした。「禅的」という言葉の、このうえなく端的で無責任な形容のしかた。これこそが、わたしの錯誤の方向性をよく表していると思います。ひとつ言うならば、ひとつの作品、あるいはひとりの作者について、そのように結論づけるべきではないということです。そういうことに気づいた要因のひとつは、去年の1月11日に読んだ小島信夫の『各務原・名古屋・国立』にあります。わたしが『道野』で描きたいと思った風景や人物にであったのはその前の1月3日から6日にかけてで、藤枝静男の『欣求浄土』を読みおえたのは、その1ヶ月前の12月4日でした。
いま思い出したのですが、時系列的にもあきらかなように、『各務原・名古屋・国立』も、わたし自身の小説『道野』を書こうと思わせてくれたもののひとつでした。しかし、いまとなって考えると、わたしは『各務原・名古屋・国立』もまた、ひとつの「経験」として十分に読むことなく、読書というものを平面的で非-時間的な、単になにかを分析してとりだすプロセスとして捉え、ある特定の構造や部分をとりだして、それを強調してしまっていました。それは反復や記憶ということで、それ自体は『各務原・名古屋・国立』においても、わたしがなにかを考えたり書いたりする上でも重要なことなのですが、しかし『名古屋・各務原・国立』とは、そうしたあるテーマについて書かれたというよりは、結果的にそのようなテーマが際立ったというだけなのです。『田紳有楽』『欣求浄土』『各務原・名古屋・国立』のいずれにしても、それらを「読む」という行為は決してそれらの小説の最後のページにおいて完結することではありません。ですから、それらを「読み終えた」あとも、わたしが生きる世界のなにかに触れたり、別の小説の中でなにかの言葉に出会ったりするたび、それらの経験や言葉は、過去のある小説と結びつき、その読書との延長としてわたしに感じられ、そうした読書は永遠に引き延ばされてわたしの生とほとんど一体化しているといっても過言ではないのです。
わたしがわたしの小説について自信をもてなくなり、いったんの放棄を決めたのは、わたしが勝手に想到していた『道野』の結末があまりにも予定調和的で、よくない意味で凡庸で、あたかも小説全体をある一点に集束させるようなものだったからです。それはわたしが藤枝についての誤読と同様の方向性のことを、書くということにおいても行おうとしていた、ということです。わたしのなかで数ヶ月を経て『欣求浄土』や『田紳有楽』あるいは『各務原・名古屋・国立』、『美濃』などをなんどか読み返すうちに、それらにもっと快楽的な読みかたができることに気づいてしまったのでした。わたしが自分の小説において書きたいことは、わたしにとって曖昧でありながらもある輪郭をもちつつあります。それは、その輪郭が姿を表すにつれて、年初のおぼろげな予測とじっさいの輪郭とが決定的に異なっていたことに気づきました。
しかし、一点に集束されるような結末は美しいともいえます。わたしは(ひとつの「誤読」として)『欣求浄土』の結末にそのような美を見、つげの作品のいくつかにも同様の結末を認めたのでした。しかし、そうしたやり方は、自分が実際に書く場合、あまり楽しくないようです。書くというひとつの経験は、規律化され、自動化され、集束されるよりは、書き手の欲望を発散させ、何ものかを撒き散らすようなやり方によってこそ、得体の知れない面白みや輝きを獲得するのだと思うのです(ちなみに、ここで尾高修也の初期作品における結末を検討してみると、興味深いことに気づきます。尾高は、小説の結末で、小説のなかのさまざまなものごとがある一点に集まろうとする直前に、その「ある一点」とは微妙にずれたところに、そこまでの集束の動きを無化するような一点を設けます。あんがいつげの作品における結末もそういうふうに考えられるかもしれません。つまり、さまざまな心情がいりまじり、物語がきっとなにかしらの決着をみるだろうというときに、つげは、何気ない手つきで夕暮れの鐘の声などを最終コマ一面に描き、ある気の抜けた一点によって物語を終わらせるのでした。わたしは尾高の作品にしてもつげの作品にしてもあるユーモアを感じるのですが、それは、そういう「ズレ」がもたらす効果であるとも考えられます)。
最近わたしはつげの漫画についても、かなり一面的な読み方を繰り返し、それを強化してきたような気がします。それは、最近読んだ岡崎乾二郎の漫画にかんする論考を読んだためでもあります。わたしはこれまで「漫画」というものの形式性や構造についてはしっかりと考えたことがありませんでした。むしろつげが創造する物語やキャラクターなどばかりに注目していました。そういう読み方は、きっと小説ならばしないでしょう。漫画だったから、そういうふうに呼んでいたのです。わたしはつげによる「物語」をはなれた読み方を見つけなければなりません。
注意してほしいのが、たとえわたしがこれから発見するであろうつげの作品の新しい読み方というものが、つげの意図したものと違っても、それは誤読というものではありません。というか、先ほど述べた『欣求浄土』の誤読という言い方についても、誤読という言い方はそれ自体微妙にわたしの言いたいこととは異なります(『田紳有楽』における誤読は間違いなく誤読というか、錯誤です。『田紳有楽』と、『欣求浄土』・つげ義春の諸作品。前者と後者の「誤り」にはちがいがあります。前者は、テクストの埒外にあるわたしの個人的な思想に由来する「誤読」です。後者は、ある意味作者の意図通りに読んだ正統的な読みともいえるもので、あくまでテクストの埒内に由来します)。つまり、「たとえ読まれなくてもそこにある作品」として作品と向き合ったとき、べつにそこに誤読というものはないのです。自立性(自律性)という言葉を使うこともきっと不可能ではないでしょうが、作品というものが作者の手を離れつつも、作品のなかにあらたに作者自身を生成するということもあり、自立性(自律性)といえるほど作品と作者を峻別できるものとは思えません。
そういう意味では、小島信夫の、とくに『各務原・名古屋・国立』や『美濃』などは、わたしがここまで述べてきたような(『欣求浄土』やつげ作品におけるような)意味においての「誤読」の可能性に満ちたものです。それについては、このつぎの「補遺 3」に書きたいと思います。それから、『道野』において、なぜわたしは道野が想像するフクロウを書いたのだろうか、ということは、わたしにとってもよくわかりません。それについても「補遺」というか、「注釈」として別に書きたいと思います。実のところ、わたしはある不純な期待を抱いていまこれを書いています。書かれなかった小説についてのなにかを無限に増殖させることができるのではないか、という期待です。つまり、本文ではなく補遺や注釈が大半を占める何かしらの作品。もちろん、そうした作品は世界文学の歴史上にもいくつか高名なものがありますが、すくなくとも言えるのは、わたしがいま書いているこれは、まったくなにも意図せずに、というか、事前に考えずに、ただ書きながら考えつづけている、ということです。書くという行為の事後性は拭いきれないものですが、おそらく、いま書いているこれは、その事後性がもっとも薄められた言葉の連なりであるように思えます。
