10年前の僕へ。
『手は治っていますか。』
先日、僕は誕生日を迎え、二十歳になった。生まれてからもう20年も経ったのかと、考えさせられた。20歳はもっと大人だと思っていた。いざ自分がなってみると全然大人ではないなと思う。
誕生日を迎えた時、ふと思い出したものがあった。
一通の手紙である。送り主は10年前の自分。10歳の自分だ。宛先は20歳の僕。
小学校4年生のとき、行事で1/2成人式を行った。日々育ててくれている親への感謝を伝えたり、歌を歌ったりした。その行事の準備の中、みんなで10年後の自分に対して手紙を書いたのである。
そんなことを記憶の片隅に置くこともなく、8年が過ぎて、大学生になった。1人暮らしをしているため、もちろんその手紙はいま手元にはあるわけがなく、実家で保管されていた。
そして、誕生日が近づいた頃、大学の友達が
「10歳の時に書いた手紙を親に送ってもらったんだよな」
と言っていた。
「そんなものもあったなあ。俺も書いたわ。」
あの時の僕はなんて書いたんだろう。そう疑問に思いながら誕生日を待ち望み、ついに開封できる時がきた。
親が保管場所を覚えていなかったので、手当たり次第探してもらい、ついに発見することができ、開封してもらった。当時使っていたアラビックヤマトの水のりでできたしわが懐かしく思えた。
「10年後の僕へ。」
そのタイトルの後、書かれていたのは、
「手は治っていますか。」
であった。
僕は新生児脳出血の影響で、生まれつき右半身に不完全な麻痺があり、特に右手は動かしにくい。そのため、小さい頃から速く走ることはできなかったし、右手でピースをすることもできなかった。
そんな僕が10年過ごしてきて、10年後に向けた手紙の一言目に書いた言葉。
10年あれば治ると思っていたんだろう。
もうあと10年。もしかしたら治るのではないか。そんなことを期待していたのかもしれない。10年あればなんだってできる。だから、10年後の自分に期待していたのではないか。
もちろん治ることはなかった。
10代の頃の自分は、この障害とともに青春時代を過ごしていた。
将来の夢
手紙を読んでいると、僕の将来の夢が書かれていた。僕は、小学生の時には学校の先生になりなかったらしい。
今になってみるとそんな思いは全くなく、学校の先生は残業が多いし、やることが多くて大変そうだなと思っている。僕が通っていた中学校の先生は、「先生だけはやめとけ」とよく口癖で言っていたくらい、精神的に参っていた。
そんなことを知らない当時10歳の僕は、人に教えることが好きだからという理由で先生に憧れていたみたいだ。純粋な心だなと思う。
言われてみれば確かに、小学校の先生は優しくて、こんな大人になれたら良いなと思っていた時期があった気がする。わからない人に教えて、わかった!と言ってもらう時の喜び。これが嬉しかったんだろう。
そんな思いとは裏腹に、僕は大学では工学部に入っており、教職も取ってない。教員になるという進路は全く考えてなかった。
大学1年生の時は教職を取らなくても19コマあった。教職なんてとっていたら毎日朝から晩まで学校に行かなければならなかった。
「教職なんて取るわけないわ。忙しすぎる。」
実際教職を取ってる友達もいる。ある人は、1年生のときはその人はずっと学校にいたイメージがある。別の大学の友達は、2年生になってから教職が忙しくなってるイメージがあり、月曜日は6限もあったし、土曜日も学校に行っている。忙しすぎてもっと寝る時間が欲しいなんてことも言っていた。本当に偉いなと思う。
もし僕があの時のまま教員の道を捨てきれていなかったら、僕も同じような時間割になっていたのだろう。そう思うと、いつの間にか教員という夢を捨て、別の夢を目指すようになったのは自分の首を苦しめない良い選択だったと思う。
10年前の僕へ。
10歳の自分が10年後の自分に期待した、右手が治るという『希望』と、先生になるという『夢』はどちらも失われてしまった。申し訳ないことをしている気持ちになる。
ただ、この10年で僕は大きく変わることができた。
勉強をがんばり、大学に入ることができ、医療工学という面で研究をしようとするために日々勉強をしている。僕の体は治らないけど、僕の経験を活かして、多くの人を救うことができるまであと一歩のところまで来ている。
また、バイトでは塾講師をしている。先生になることはできなかったけど、子供達に勉強を教えている。
小学生にも教えていて、最近その小学生は20歳になった僕に絵を描いてくれた。うれしかった。
子供たちが今はできないことが時間をかけると少しずつできるようになっていく変化を日々楽しんでいる。
そして、そのバイト先では多くの人に出会うことができた。
僕が悩んだときにアドバイスをくれる人。
本当に賢いけど、研究はいろいろ失敗しちゃってる人。
声がよく通り、どんなにブースが離れていても声が聞こえてくる人。
自分を変える意識が高くて、運動したり、生活改善意欲がある人。
勉強を頑張ったから、今のこの右手があったから、こんな環境で日々過ごすことができているのだと思うと、この10年間は正しかったと思う。
10年前の僕へ。
ごめんね、右手は治らなかったし、先生になることもありませんでした。でも、君が思っているよりもこの10年は面白い10年だったし、環境がたくさん変わった10年だったと思います。
中学校は小学校のみんなと離れ離れになり、人間関係を1から作り直すことになったけど、君が小さい頃から病院で培ってきた『人と話す力』を存分に発揮してかけがえのない友達をたくさん作ることができました。
リコーダーやギターなど、音楽の授業では多くの楽器に触れ、その度に悩みを抱えていましたが、あなたの持ち前の忍耐力、状況を打破する力で、なんとかやり遂げることができていました。
大学では地元を離れ、たくさん研究ができる環境をまもなく手にすることができます。
まさか地元を離れると思わなかったと思いますが、君が思っている以上にいい生活ができています。
バイト先でも、かけがいのない友達に会うことができたし、みんな優しくしてくれています。
最近では、初めてお酒を飲みました。これもバイト先の友達とでした。お酒は顔が真っ赤になって頭が痛くなるタイプなので、強くはなさそうです。
バイト先の友達は思ってもないようなサプライズで誕生日を祝ってくれるし、日々いっぱい遊んでくれるから、この関係がずっと続けばいいのに。そう思える人たちです。
君が思っている10年間とはかなり違うと思います。でも、この10年はとても良い10年になります。
だから、君はのびのびと、日々をその右手と一緒に楽しんでください。応援しています。
20歳になった僕より。
読んでくださりありがとうございました!
