第24話(今宵の一作)鬼平犯科帳 本所の銕/密告― 軍鶏鍋の湯気の向こうに、父と母の面影が立ちのぼる夜 ―
静かな夜に
この日はふと立ち寄った羽生パーキング「鬼平江戸処」の一角、「五鉄」で軍鶏鍋をいただいた。 湯気の向こうから、ふと亡き父と母の姿が久しぶりに思い出された。
こうしたこともあって、この夜は父の好きだったジョニーウォーカー・ブラックラベルを氷の入ったロックグラスに注ぎ、 グラスを傾けながら Amazon Prime の時代劇専門チャンネルで中村吉右衛門主演の「鬼平犯科帳」を観ることにした。
観終わった後、 『鬼平犯科帳 本所の銕(市川染五郎主演)/密告(松本幸四郎主演)』が 2026年7月10日(金)ロードショーされる ということを時代劇専門チャンネルで知った。
「本所の銕」とは、鬼平犯科帳の主人公「鬼の平蔵」こと火付盗賊改方・長谷川平蔵が、放蕩無頼な青年時代を過ごしていたころに呼ばれ、恐れられていた呼び名。
本所とは、いま東京スカイツリーが聳え立つあたり。
吉右衛門から幸四郎、染五郎へ── 「鬼平犯科帳」が時代を超えて継承されていくというのも、なんだかいいものだと思った。
1 軍鶏鍋の湯気が開いた記憶の扉
池波正太郎の著書「鬼平犯科帳」を愛し、48歳で早逝した父。 吉右衛門の鬼平を好んでTVで観ていた母。 この日いただいた軍鶏鍋の香りと熱が、二人の記憶をそっと呼び戻した。
思い出そうとして思い出したのではなく、 思い出のほうが静かにこちらへ歩いてきたような── そんな気がした。
記憶の扉が開くというのはこうしたものなのだろう。
2 時代劇専門チャンネル──画面の向こうに再び現れた“鬼平”
その余韻のまま、時代劇専門チャンネルで『鬼平犯科帳』を観た夜。 江戸の闇と光、火付盗賊改方の緊張感。 吉右衛門の鬼平を観ていた母の姿が、また胸の奥に浮かぶ。
時代劇を観るという行為が、 父と母がTVの前で時代劇を観ていた姿と重なる。 時代を超えて、家族のつながりのようなものを感じた。
同じような経験をされる方も、多いのだと思う。
3 池波正太郎と鬼平犯科帳──情と人間を描く作家の息づかい
池波正太郎が描いた鬼平は、 勧善懲悪の単純な時代劇ではなく、 人間の弱さ、情、矜持、そして生き方の美学が通う物語。
父が池波を愛した理由。 母が吉右衛門の鬼平を好んだ理由。 その両方が、池波の“人間を見るまなざし”に通じているようにさえ思えた。
4 中村幸四郎主演『本所の銕/密告』──新たな鬼平との出会い
時代劇専門チャンネルの余韻の先で知った、 現在公開中の 中村幸四郎、市川染五郎主演『鬼平犯科帳 本所の銕/密告』。
吉右衛門の鬼平を愛した母。 池波作品を読み込んでいた父。 そして幸四郎が演じる新たな鬼平。若き鬼平を演じる染五郎。
「鬼平犯科帳」は、時代を越えて受け継がれる情の物語であり、 父母と自分を静かにつなぎ直す“家族史”でもあった。
幸四郎や染五郎がどんな平蔵を見せてくれるのか── そのことを思うと、胸の奥に小さな灯がともるような気がした。 吉右衛門の重厚な鬼平とはまた違う、 新しい時代の息づかいをまとった平蔵が、 どんな表情で江戸の闇を歩くのか。 その姿をスクリーンで確かめたいと思った。
5 今のテレビドラマ制作の現実──NHK以外では作られない時代
今、NHK以外では時代劇の新作ドラマがほとんど作られていない。 民放は予算や視聴率の事情から、 時代劇というジャンルを維持できなくなってしまったように思える。
かつては毎週のように新作が放送され、 父母の世代が楽しんでいた“時代劇のある日常”は、 静かに幕を閉じつつある。
だからこそ、幸四郎の新作が公開されること自体が、 時代劇ファンにとっては今の時代では奇跡のように尊い出来事なのだと思う。
新しい鬼平が、再びこの時代に立ち上がる。 そのこと自体が、どこか救いのようにも感じられた。
鬼の平蔵が、ふと笑ったような気がした。
心の中で懐かしい挿入曲 Gipcy Kingsの「Inspration」が静かに流れていた。
参考
今宵、静かな夜の時間を楽しむための小さな手がかりとして。

