令和に生かす日本史 (扶桑社新書) 新書 呉座 勇一 (著)
ベストセラー『応仁の乱』の著者・呉座勇一氏が、歴史にまつわる誤解や俗説を排し「日本史」を通じて現代社会や人生の課題解決に役立つ知恵を提示する歴史啓発書です。本書は大きく「人生編」と「社会編」の二部構成で、歴史上の人物を切り口に、人生観や経済、組織運営、さらには社会問題までを現代に活かす形で考察しています。
「人生編」では、織田信長の経済感覚、西郷隆盛の人格形成、伊藤博文の戦略的出世術、そして応仁の乱後の混乱期を生き抜いた北条早雲・蓮如・宗祇の知恵を詳細に検討しています。「社会編」では、日本政治の「憲法改正嫌い」の伝統、国民性としての武士道に潜む弊害、江戸時代のリスキリング社会から現代教育への示唆を掘り下げています。人物を軸にした構成は、専門的でありながらもわかりやすく新鮮です。
中でも印象的なのは、江戸時代の身分秩序は「士農工商」ではなく「兵農工商」であったという指摘(195-196頁)です。そもそも「士農工商」は儒教の概念であり、日本の儒学者が近世社会に当てはめたものにすぎません。徳川吉宗の将軍襲職に際して訪日した朝鮮通信使・申維翰は、帰国後の紀行文『海遊録』で「日本には四民がいるが、儒学(朱子学)を修めた文人官僚=真の『士』はいない」と記しています。日本の武士は厳密な意味での「士」(=文人:士大夫)ではなく、武人=「兵」が支配階級であった、というのです。
また、武士たちの学習方法として行われた素読、講釈、会読(232-235頁)も大変興味深い内容です。
素読:声に出して文章を読み、意味をたどる
講釈:素読で用いたテキストを教師が口頭で解説する一斉授業
会読:読解力を持つ者同士が集まり、章句ごとに問題を出し合い、議論・討論を行い、解決できない場合は教師に指導を仰ぐ
さらに藩校では輪講も一般的に行われていました。
輪講:テキストを分担し、事前に調べた内容を順番に発表・解説し、他の生徒が質問や意見を述べる。担当者はそれに対して回答し、討論を重ねる。最後に教師が発表内容や討論の過程を講評し、優劣や正否の判定を下す。これを生徒同士が交互に繰り返す。
こうした学習方法が、杉田玄白らによる『ターヘル・アナトミア』の翻訳、『解体新書』刊行へと繋がったとされます。江戸時代に、現代のアクティブラーニングやディベート教育に通じる高度な教育手法が既に存在しており、それが後の近代日本の発展に大きく貢献したと考えると、実に興味深いです。
