03.方位 (古代はどのように方位を計測したのか)
1.方位の基準
東西南北の方位の基準はなにだったのでしょうか。
地軸を中心として地球は自転運動をしています。地軸は、南極点と北極点とを結ぶ直線です。南極点を南、北極点を北。これが基準で東西南北が決めらます。これは現代も古代も同じだったと憶測します。
2.定点での方位の計測
古代はどのようにして、東西南北の基準となる南極の位置(南)、北極の位置(北)を知ることが出来たのでしょうか。
ある定点の方位は太陽を観測することにより、容易に知ることが出来ます。太陽は、朝、昼、夕方で高度が変わります。地面に棒を立てると、影の長さは、1日のなかで時刻によって長くなったり短くなったりします。最も短くなるのは正午の頃です。これは正午の頃が、太陽の高度が最も高くなるために、影が最も短くなるのです。この時刻を南中といいます。
南中時の太陽の高度は、季節によって周期的に変化します。影の長さも同様に変化します。南中の時刻も、周期的に正午を中心に前後します。しかし、棒の影が最も短くなる南中時の太陽の方位は、季節に関係なく常に一定で、南極の方向を示すのです。ですので、南中時の太陽の方位を南と規定することで、以下東西南北の方位を決めることが出来るのです。

同じように棒を使って太陽の影を観察し方位を計測する方法として、周髀算経には、東西の直線を算出する手法(インディアン・サークル法)が記述されています。このような手法も、方位を計測する際に用いられたと憶測します。

3.移動中の方位の計測
移動中はどのように方位を計測したのでしょうか。時刻が分かれば、太陽の方向から方位を計測することが出来ます。アナログ時計を分度器代わりに使用した方法で、その原理を説明します。短針を太陽の方向に合わせると、時計の12の方向との中間点が、南の方位になるのです。下の図は、9時00分の時の南の方位の計測方法の例を示しています。

この手法は時刻が分かれば、アナログ時計がなくても分度器などで計測することが出来ます。移動中の方位の計測には、このような太陽の位置を観察することによる方法も用いられたと憶測します。
夜間の方位の計測には天体観測が利用できます。北極星を観測すれば、その位置の方角が、北の方位と計測することが出来ます。
しかし天候が悪く、太陽も北極星も観測できない時は、方位の計測はできなかったのでしょうか。
4.指南魚による計測
現在であれば天候に関係なく、方位をGPSで計測することが可能です。GPSがない時代は、方位磁石が方位の計測に用いられてきました。方位磁石のもととなる磁石の歴史は古く、紀元前6世紀のギリシャに天然の磁石である磁鉄鉱の記録があります。磁石は鉄を引き付ける性質があります。そして磁石は方位示す性質があります。既にこの時代に、方位磁石が実用化されていたと憶測します。古代中國では指南魚と呼ばれていた方位磁石がありました。下は宋の時代の指南魚ですが、このような方位磁石はより以前より使用されていたと憶測します。

https://baike.so.com/doc/7855715-8129810.html
方位磁石(指南魚)の作り方は以下です。細い針状の鉄を高温(キューリー温度以上の700-800℃)で焼いた後、棒を南北方向に置いて冷却すると、南に置いたほうがS極に、北に置いたほうがN極に磁化された磁石が出来ます。これを木製の造形物に埋め込みます。古代中國では造形物に魚が使われました。磁化された針金のS極に磁化されたほうを頭に、N極を尾にして埋め込みます。この木製の魚を器に入れ、水を注いで浮かべると、方位磁石の針の役割をし、尾が磁極の北を向き、頭が磁極の南を示します。頭が南を向くので指南魚といわれました。
方位磁石は磁北を基準とするので、地軸の北極とはずれがあります。偏角です。時代、場所で異なりますが、偏角は10-20°す。このことは古代の人も熟知していたと憶測します。地軸の北とはずれがあることを認識したうえで、指南魚のような方位磁石を移動中の方位の計測に使用したと憶測します。
5.北の基準は北極点か、磁北か
古代の北の基準は、地球の地軸の北極点でったのか、磁石が示す磁北だったのか。
これは現代と同じで古代も、北は地軸の北極点を基準としたと憶測します。北極点を基準に、東西南北の方位が決められたのだと憶測します。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は「邪馬臺國への行程」のタイトルで倭人傳に記述されている邪馬臺國への行程について考察する予定です。
