NHKは自ら襟を正せ。改革論者に隙を与えるな。
NHKは自ら襟を正せ。
改革論者に隙を与えるな。
国鉄、電電公社、郵便局の二の舞を踏むな。
外国資本に支配される気か。
強い言い方になるが、これは単なる批判ではない。むしろ逆だ。公共放送としてのNHKを守りたいからこそ、あえて言うのである。
NHKはほぼ全世帯が支払いの対象となる特殊な存在だ。法律によって制度が守られ、市場競争に直接さらされているわけではない。だからこそ、国民の納得がすべての土台になる。納得が崩れれば、制度そのものが揺らぐ。
歴史を見ればわかる。国鉄は赤字と硬直を理由に民営化された。電電公社も同様だ。郵便局も分割された。確かに効率化は進んだ面もある。しかし同時に、地方路線の廃止、サービスの縮小、均一性の崩壊という代償も払った。市場原理が入れば、利益の出ない部門は切られる。それが資本主義の論理である。
公共インフラは本来、利益最大化を目的としない。全国どこでも同じ水準のサービスを提供することに意味がある。放送も同じだ。災害報道、教育番組、地方局の存在。これらは儲かるから存在しているのではない。必要だから存在している。
もしNHKが民営化の道をたどればどうなるか。株式会社化されれば株主が生まれる。株式市場が開かれれば資本が流入する。放送法による外資規制はあるとしても、影響力の問題は消えない。間接投資やファンドを通じた関与の可能性もある。情報インフラが資本論理に左右される構造は避けるべきである。
だからこそ、今のままでよいとは言えない。高すぎると感じられる給与、国民感覚との乖離、上から目線と受け取られかねない説明。これらはすべて改革論者にとっての格好の材料になる。自ら隙を作ってどうするのか。
公共放送を守る最善の方法は、外から壊される前に内から整えることである。襟を正し、説明責任を果たし、納得を積み上げること。それができなければ、「民営化」という言葉は必ず現実味を帯びる。
NHKを守りたいなら、まず自らを律することだ。過去の公的インフラがたどった道を、繰り返してはならない。
