生態系的システムにおける二種類の器と二種類の中身

はじめに

生態系的システムの理論を構築しています。基本的な思考のフレームワークを以下の記事に記載しましたが、今回は「器」について気が付いたことを記事にします。

2つの器:vesselとcanister

システムの中で、エンティティが存在し、プロセスが駆動するための空間として、器という言葉を使っています。

もともと、生態系的システムの理論が、有機物から細胞が誕生するまでの過程を考えた時に整理した考え方なので、有機物が入っている水たまりのイメージで器という言葉を使っていました。このため、英語にするならvesselかなと考えていました。お皿とかボウルとかみたいな形状のもの、です。

それから、人間社会について視点を移し、人間の脳が器になっていて知識を入れているという姿を思い浮かべた時、理由はのちほど説明しますが、この場合には蓋があって密閉できるcanisterの方がしっくりくるかもしれない。そんなことを考えているうちに、この2つは英単語の選び方ではなく、本質的に器には二種類あると考えるべきなのだ、と気付きました。

オープンなvesselは、中身を簡単に混ぜ合わせることができます。そのおかげでかなりダイナミックな入り交じりができますが、いっぽうで、全部まざってしまうと大事なものまでなくなってしまうかもしれないというリスクがあります。

一方、蓋があって密閉性のあるcanisterは、中身を混ぜ合わせることはできず、時々少し開けて、中身を取り出して、やり取りする程度の入り交じりしかできません。そのことで、中に入っている大事なものが不用意に破壊されるのを防ぐことができます。

有機物の生態系的システムを検討している時に出てきた、有機のスープが入った水たまりはvessel、膜に包まれたものはcanisterのイメージがぴったりです。また、社会における人間の脳も、canisterのイメージですね。

生態系的システムの理論で、コンジャンクションという用語を規定しましたが、実はこの言葉を考えている時、コミュニケーションとするか迷ったという経緯があります。ソフトウェアシステムでは、何かをやり取りするなら通信(コミュニケーション)という言葉が一般的です。
しかし、雨が降って水たまりがあふれて有機のスープが入り交じるときに、コミュニケーションが起きた、というのはちょっと言葉のチョイスがいまいちと考え、コンジャンクションとしたのです。

でも、器がcanisterだと考えると、コミュニケーションという言葉がぴったりです。生態系的システムの一般理論をバージョンアップしなければなりません。

知識のスープ

社会について考えた時、人間の脳という器には、エンティティとして知識が入っています。

すこしお遊びで、有機のスープになぞらえて、人間の脳の中に入っている知識の集合を「知識のスープ」と呼んでみたら面白いなと考えていたのですが、そこでまた、ひらめきがありました。

人間の脳の中の知識のスープも、ふわふわといろんな知識が浮かんでいるようなイメージだというのは、いろいろしっくりくるのです。

思考プロセスによって人間が考える作業は、触媒になる知識を使って、次々とそのあたりに漂っている知識を加工していくように考えると、決して脳の中に整然と知識が並んでいるわけではなく、ランダムに知識が思考プロセス上に浮かんではまた別の知識が浮かんでくる、そんなイメージの方がぴったりです。

また、自分ではあまり一生懸命に思考プロセスを回転させているつもりはないものの、知識と知識が勝手に引き合ってつながり、自分の意志とは無関係に何かを発想する、ということがありませんか? それも、知識のスープの中を漂っていた知識と知識が、たまたまくっついて化学反応を起こし、新しい知識が形成されたとイメージすると、腑に落ちます。

実際には、脳が液体に満たされてそこに知識が有機物のように浮かんでいるわけではもちろんないのですが、有機のスープが有機物を漂わせているやり方を真似するように、脳は知識を漂わせるような仕組みになっているのではないかとさえ思えてきます。

2つの中身:定型と不定形

また、スープの中身についても、発見がありました。
よく言われるように、言葉や図にできるような知識は形式知で、これは他の器とのコミュニケーションに使えます。そして、もうひとつ、暗黙知という種類の知識もあります。これは自転車の乗り方のように、知識としては習得できるが、自分が習得した知識を他の人に言葉や図で教えることができないような知識です。これは器の中だけにあります。

そう考えると、有機のスープを包んでいる細胞も、内側にはいろいろ有機物が浮かんでいて、他の細胞とも一部の有機物をやり取りするわけですが、内側にだけ存在する有機物と、外側に出してコミュニケーションに使うことができる有機物と、明確に2種類のものがあるのかもしれない。

そうなると、どんなものかと言えば、おそらく細胞の外に出ていく有機物は、たんぱく質のようにひとつながりになっていて、外に出しても形がこわれないものだと考えられます。
では外は出ていかないものは、というと、さらさらの液体のようなものやどろどろの液体のようなものよりは、もう少し形があるが、お菓子でいうとグミ、ゼリー、プリンのような、グニグニ、プルプルしているようなそんなものなのではないかと。つまり、ひとつながりの有機物というよりは、絡み合ったり緩くつながっているが、柔軟性があってある程度形のようなものはあるが、外に出してしまうと形が維持できないような、そんなものをイメージできそうです。

知識のスープの方に戻ると、外に出せない知識は暗黙知と呼びましたが、これも確かに、かちっとした論理的なものや、概念としっかりと結びついているようなものでなく、しかし学習が進むにつれてある程度形を持ちつつも柔軟性やしなやかさを持った、そんな知識のように思えます。

したがって、有機のスープと知識のスープの中には、どちらも、定型でカチッとしたエンティティと、柔軟でしなやかな不定形なエンティティ、そして、まだしっかりとしたものに育っていない細かい断片のようなエンティティと、そういったものが入っていると考えることができそうです。私はずっと粒の入っていないコーンスープのようなイメージでしたが、成長や進化が進むと、具だくさんのシチューになっていくんですね。

そういえば、細胞には大きな具がごろごろ入ってますね。

さいごに

生態系的システム理論を考え始めてから、そして一般化して、細胞の誕生までの仮説を立てたりして以降、どんどん気が付くことが出てきます。
一般化したのが功を奏したなと思います。この記事で書いたように、こっちのシステムではこの用語にあてはまるのは何だろう、あっちのシステムで起きたこの現象は、そっちのシステムでは何か似たものはあるのかな、といった具合に考えていくと、見落としていた現象に気が付くことができたり、共通的に現れる現象に気付くことができたりします。
このところ、そんな具合で、頭の中のスープがいい感じにぐつぐつと煮えてきています。

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