ミヒャエル・エンデ 『モモ』
久しぶりにしっかりと読書をしました。
ミヒャエル・エンデの「モモ」
小学生の時に読んで以来… 約20年ぶりといったところでしょうか。
灰色の男たちに奪われてしまったみんなの時間を
小さな女の子「モモ」が取り戻すお話です。
久しぶりにこの物語を読んで
特に心に残った部分について
備忘録がてら書いていきます。
この物語の中では、主人公モモの友達や
街の人々の時間がなくなっていってしまいます。
時間がなくなる、時間が奪われるとはどういうことでしょうか。
時間を奪っていくのは灰色の男たちです。
灰色の男たちは、ゆううつな気持ちを持った人のところに
やってきて「時間」の話をします。
スーツを着て、書類カバンをもった
銀行マンのような見た目のこの男たちは
「時間泥棒」
今まで自分がどれだけの時間を使ってきて、
今の自分にはどれだけの時間が残されていて、
普段通りの日々を過ごすために
いかに時間を無駄にしているか、
その無駄にした時間を「時間貯蓄銀行」に
貯めていってはいかがかと
ものすごい勢いでまくしたてるのです。
そしてそんな営業トークを聞いた人々は
貯めた時間をどうやって引き出すかも使うかも知らずに
「よし、時間を貯めるぞ」と納得し、行動に移していきます。
仕事中の他愛もないお話は時間の無駄。
好きな人のところに遊びに行くのも時間の無駄。
年老いた母親のお世話も時間の無駄。
本を読むことだって、ペットの世話だって時間の無駄。
人々はそんな無駄な時間をなくして
時間を貯蓄しようと躍起になる。
ただただ日々の仕事と
必要最低限のルーティンをこなすだけ。
無駄なことに時間は使わない。
余暇の時間ですら無駄なく使うために、
やたらと娯楽を詰め込んで忙しなく遊ぶ。
仕事への愛情もなくなって、
できるだけ短時間でたくさんの仕事をすることが
何よりも大事なことになってしまいました。
けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。
そして人のいのちは心を住みかとしているのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。
まさしく「忙」ーー心を亡くすということ。
小学生のときにこの物語を読んで
「うわー、怖い!現代もそうじゃん!」
程度にしか思わなかったのですが、
大人になってもう一度読んだときに、
この物語の中の世界を自分に重ねてしまいました。
今の自分はどうだろうか。
「ただ仕事してるだけ」になってない?
「自分の行動」に愛情持ってる?
「他愛もない瞬間」大事にできてる?
忙しい時こそ心を無にして働いてしまったり、
イライラしながら家事をやったり、
ぶっきらぼうに話してしまったり、
思い当たる節はたくさんあります。
私の時間も時間泥棒に奪われていたのかも。
これでは相手の思う壺です。
読み終わった後、いろいろと考えました。
「仕事で残ってたあの作業、
もう少し丁寧にやってみようかな」
「次のお休み、普段よりも丁寧に掃除しようかな」
「ちょっとだけ早起きして、
ゆっくり朝ごはん食べようかな」
わたしの生活がふくよかで幸せになるように。
時間を感じる生活をしてみよう。
そして、自分は決して灰色の男たちに
時間を奪われないようにしよう。
そんな決意をした読書の秋になりました。
次は何を読もうかな。
