若手の声を聴くということ── 青雲会|素謡『嵐山』から『熊坂』まで @宝生能楽堂
今日の青雲会は、素謡『嵐山』から始まった。
声が揃い、少しずつ重なり、また離れる。その繰り返しを聞いているうちに、いつの間にか「誰がどうか」を考えなくなっていた。
シテ、ツレ、ワキ……当たり前といえば当たり前だけど、それぞれ全然違う声で、うまいとか、若いとか、そういうことを考えることなく楽しめた。
終わったあと、隣でお爺さんが「貫禄、出てきたね。もう卒業だ」と言っているのが聞こえた。多分、シテの声だと思った。他の人たちより、より深い声。
その言葉を受けて、隣の女性が「声が揃っていて、良かった」と静かに返していた。そう言われてみれば…そうだった気がする。
どちらも、僕があまり掴めていなかったことだった。
あと気になった見所の声は、「無料だった時は満員だったけど、有料になってこの人数」というもの。
確かに今日は満員じゃなかった。何故だろう、有料と言っても2,200円。ベテランではなくても、プロの能楽師たちの舞台だ。かなりお得だと思うのだけれど……。
仕舞の中で、いちばん印象に残ったのは『鉄輪』だった。
気迫があった。何かを見せようとしているのではなく、引き受けている、という感じもした。『鉄輪』という曲の激しさが、装束も面もない仕舞のかたちで、はっきり伝わってきた気がする。
女性たちの動きは、重心が低く、足元がよく決まっていた。これは身体的なアドバンテージなのかもしれない。
公演の最後は、『熊坂』。
牛若に討たれた盗賊の物語だと聞いていたけれど、今日の舞台で見た熊坂は、長刀を振る姿が、やけにかっこよかった。重く、粘るような動きに、不思議と目が離れない。
若手の会だから、もっと勢いのある声を想像していたのだと思う。けれど、耳に入ってきた熊坂の亡霊の声は、渋く、淡い声だった。すでに老人のような「枯淡」という言葉が似合ってしまう種類の響きだった。
僕の声は軽い。渋くもなければ、淡くもない。
だからあの声を聞いて、少し羨ましいと思ってしまった。渋い人間になりたい、などと考えるけれど、それに必要なものを持っていない。
先生が若手だった頃は、どんな声だったのだろう。
いま聞いている声は、長い時間の修行を経て、若さの角が少しずつ削られて残ったものなんだろうか。あの静けさと艶やかさ、深さは……。
僕の左隣には、僕よりずっと若い青年が座っていた。背の高い少年だったかもしれない。
若手の舞台を見続けて、彼らの芸が深まっていくのを見守りながら、自分も年をとってゆく。
考えてみれば、それはとても贅沢な趣味だと思う。
今日の舞台では、声も、身体も、気迫も、それぞれ違うかたちで確かに光っていた。そして、その違いを受け止める時間が、静かに用意されていた気がする。


まぁ、いつもの事だから気にしないでおこう。


