徳川美術館で豊臣展をやる理由、ちょっと怖い話
古い話ではございません。
先週金曜日の東京・目白にある
尾張徳川家の事務所での話題です。
荒姫さま(先代義宣夫人の通称)が
おっしゃっいました。
「なんで徳川美術館なのに、
豊臣家の展示をやるの?って、言われちゃったの」
そうそう、そうなんです。
4月18日から名古屋・徳川美術館では
NHK大河ドラマ特別展「豊臣兄弟!」が
はじまります!
NHK大河ドラマ特別展「豊臣兄弟!」
2026年4月18日~6月14日
徳川美術館・名古屋市蓬左文庫(愛知県名古屋市東区徳川町)
この展覧会は、
今年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」との連動企画で
その後、大阪、東京へと巡回する予定です。
大阪 7月8日~8月31日 大阪歴史博物館
東京 9月15日~11月8日 江戸東京博物館
つまり、最初に始まるのが徳川美術館、というわけです。
ですが、尾張徳川家としては
ですが、尾張徳川家としては
そう簡単に説明がつく話でもありません。
荒姫さまも、ご友人の質問に
こうお答えになったそうです。
「よくは知らないけれど、
何しろ大坂城の落城後に持ってきたものとか
豊臣家ゆかりのものが
うち(徳川美術館)にはあるから、
それで考えた企画じゃないの?」
そうなんです。
この家には豊臣家ゆかりのものいくつかあります。
たとえば、刀剣の鯰尾藤四郎。
もとは薙刀だったものを脇差に直したもので、
その姿がナマズの尾に似ていることから
この名になったと言われています。
織田信長の子・信雄から家臣へ、
そして豊臣秀吉に献上され、秀頼の差料となっていましたが
大阪夏の陣で焼失。
焼け跡から発見され、
徳川家康の命で再刃され、
尾張徳川家に伝わりました。
また豊臣秀吉の印と伝わるものや、
尾張家初代・徳川義直所用の具足も
かつては秀吉着用と伝えられていたものです。
つまり、あるんです。
豊臣家から伝わったものが。
ちょっとこわい
大河ドラマをご覧にならなくとも
豊臣家がどのように滅びたかは
みなさまご存知のことかと思います。
400年前とはいえ
どう考えても徳川家は
「恨まれる側」。
しかも、宝物まで結果的に受け継いでいるとなれば
その思いは、どれだけ深い?
そんなことを、
事務所の人間はつい考えてしまうわけです。
その結果
金曜日、徳川美術館から送られてきた
英文の年間スケジュールのPDFファイルに
異変が起きました。
画面で見ると、全く問題ない。
ところが、東京の事務所で印刷しようとすると
なぜか背景が全面、金色に変わるのです。
黄土色というべきか、
とにかく妙な色味の紙が出てくる。
他のファイルは正常。
どのパソコンを使っても同じ現象。
業者に聞いても原因不明。
そして事務所が出した結論は、
「これは豊臣家の呪いだ」
大河ドラマにはじまり
再び財宝を取り戻そうとする豊臣家は、
まず尾張徳川家のコピー機の占拠から
はじめたに違いない。
やがて印刷物の「徳川」は
「豊臣」に塗り替えられ、
気がつけば「徳川美術館」は「豊臣美術館」に。
それはまずい。
尾張家家臣団としては
この事態をなんとしても収束させなければ。
4月18日以降、
この呪いがさらに広がった場合、
気がつけば私も「豊臣家の御道具掛」に
なっている可能性があります。
その場合、「春日局」から何に変化するのでしょうか。
ただいま豊臣家バージョン、絶賛募集中です。
本日で尾張徳川家の雛まつりは終了。
展示替え期間をはさみまして
4月18日(土)から「豊臣兄弟!」スタートいたします。
徳川美術館にぜひお運びください。
