懐かしさ
いつものように通勤中にNHK-FMを聴いていた。
ニュースのあとに「クラシックの庭」(再放送)が続き、きょうはブルグミュラーの25の練習曲が紹介されるという。
※ブルグミュラー――ほんとは「ブルクミュラー」(クに濁点なし)表記が正しいのか?わからないけど、自分の中では濁点ありなので、そのままにしてしまう。
クリストフ・エッシェンバッハ氏の演奏で、まずは前半12曲、と紹介された。ピアノの音に耳を傾ける。
懐かしい。
ピアノを習ってみたいと思ったのは、小3になってから。
先生が家に来てくれて、母と妹と一緒に習うことになった。
楽譜はなんとか読めたけど、右手と左手を一緒に動かすというのは、なかなかすてきなことだった。
ラジオから「アラベスク」が流れてきた。
ああ、この曲。
みんなが競って弾いていたなあ。
通学路の途中にあるYちゃんの家からよく聞こえてきたことが思い出される。そういえば、あの頃は外を歩いていても、あたりまえのようにピアノの音が聞こえてきたものだった。夕飯のしたくをしている匂いにまじって流れてくる音楽もあったし、当時の風景がなんとなく頭に浮かんでくる。
最近は防音室で対応していたりしていたり、楽器にヘッドフォンをつないで――など対策が進んでいるところが多いからか、ピアノの音がもれ聞こえてくる、というのは珍しくなったけど。
家の中から聞こえるピアノの音。
小学校の音楽室。
ピアノの上手な同級生たち。
そう。
ピアノを習っていた子たちは、学校でも休み時間によく弾いていた。
「今やっているのはこれ」「え、すごーい」、曲集の何番目の曲をやっているかをにぎやかに「わたしは」「わたしは」と口々に話しながら。
もちろんショパンのエチュードやワルツ、モーツァルト、ベートーヴェンといった有名どころのソナタなんかも弾ける子もいたわけで、そういう子の周りには必ず観客の輪ができていた。
でも、わたしには学校で練習したり、成果を披露するような勇気はなかった。
いつか自分もレコード(当時はレコードよ)で聴いているような曲が弾けるようになるのか、まったくイメージはできなかった。願望はあったけれど。
ただ、楽譜が読めるようになって少しでも有名なメロディーを追えるようになると、それはそれなりに楽しいものだった。
その前段階として、同級生たちがかつてこぞって弾いていた「アラベスク」「貴婦人の乗馬」「タランテラ」などを、自分も弾けるようになったのは、それはそれで素直にうれしかった。
ちょっとした達成感を得させてくれるよい曲集なのだと思う。
レッスンにおいては、弾きたい曲と弾いてみたらよいと勧められる曲――順序はいろいろだ。
ブルグミュラーを経て、またいくつかの小品に出会うことがあって――好き嫌い・得手不得手はあったとしても、ひとつひとつのステップを踏んで少しずつにでも進んでいく。
そうすることでちいさな達成感が得られることがあり、その積み重ねでなんとなく継続することもでき、そのうちに自分の好みや憧れ、目標が見えてくる。
ブルグミュラー。
子どもたちのための、心優しいすてきな曲集。
あの時代の同級生たちのことを思い出しながら、たしかにちょっとした到達点の曲集なのだ、と思う。
