小林忠『教えてコバチュウ先生!浮世絵超入門』(小学館、2020)
著者は岡田美術館館長などを歴任した江戸絵画研究の第一人者。言わばその道の権威ですが、この本に関しては非常にくだけた会話調で、まるで美術館のギャラリートークを聞いているかのよう。
本書では江戸期に活動した菱川師宣・鈴木春信・喜多川歌麿・東洲斎写楽・葛飾北斎・歌川広重・歌川国芳を中心に解説。
個人的には田沼時代(言わば江戸のバブル期)に春信がヒットした経緯が面白かったです(pp45-57)。錦絵(多色摺り浮世絵版画)のパイオニア存在で、さらには田沼意次が登場した「バブル」の時代。その時代において、贅を尽くした春信の版画は他の浮世絵の8倍の値段(160文/著者の推算では3200円程度)でも売れたそうです。それは単に経済的背景のみならず、春信の描くキャラクターのかわいらしさ、そして「一般の人々の生活風俗をこんなに美しく、あるいはポエティックに表現」(p51)している点でしょう。

春信は錦絵でブレイクしてわずか5年で急逝、その後は鳥居清長が一世を風靡するようになります。
清長は春信の流れを受け継ぎつつも、春信とは違う八頭身の美人画を描くようになります。また、光に対する関心が深いのも清長の特徴だと著者は指摘します(p27)。

この点について、著者は西洋に対する民衆の関心の高さを読み解いており、入門向けでありつつ研究者としての目線も感じられます。
また、有名な歌川広重《東海道五十三次之内 蒲原 夜の雪》(1834)について、著者は面白い連想をしています。東海道の蒲原はもちろん静岡ですが、そうではなく、現在の新潟県中北部に該当する、越後国蒲原郡の景色を描いたのではないかと。「江戸へ働きに来ていた越後の労働者への慰め」(p101)としてあえて別の「蒲原」を描いたのではないかと、著者は想像します。

広重がなぜ静岡・蒲原の(通常ありえない)雪景色を描いたのか、しばしば言及される謎ですが、あえて蒲原違いで新潟の景色を描いた… 学問としての説の信憑性はわかりませんが、浮世絵の「自由」さを感じさせる、とても面白い説だと思いました。
妙に偉ぶったり浮世絵を権威化したりもせず、作品を見る目はあくまでも冷静で、その語り口はとても楽しげ。ひょっとしたら江戸町人たちもこんな感じで浮世絵に接していたのかもしれない、そんな著者の浮世絵に対する身近な愛情を感じさせる入門書でした。
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