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“2BR02B” Kurt Vonnegut Jr. ヴォネガット

むかし、東大入試の国語で、寅さんの映画から次のようなやりとりが出題されました――

「寅さん、人はなぜ死ぬのでしょうねえ」「人間?そうねえ、まァ、なんて言うかな、結局あれじゃないですかね、人間が、いつまでも生きていると、陸の上がね、人間ばかりになっちゃう、うじゃうじゃうじゃうじゃメンセキが決まっているから、みんなでもって、こうやって満員になって押しくらマンジュウしているうちに、足の置く場がなくなっちゃって、隅っこに居るやつが、アアなんて海の中へ、パチャンと落っこって、アップ、アップして『助けてくれ!助けてくれ!』なんてね、死んじゃう。そういうことになってるんじゃないですか、昔から。そういうことは深く考えないほうがいいですよ」

(『男はつらいよ:寅次郎純情詩集』)

ヴォネガットのこの物語も、誰かが死なないと誰かが生きられない、という話です。あらすじは――

科学の進歩で人が死なないようになった未来の社会では、人口爆発に対する解決策が厳密に行われていた。それは、死ぬ数と生まれる数を完全に一致させるために、赤ん坊が産まれるには誰かがガス室で死なねばならない、というルールだった。三つ子の父となるWehlingは、まだ一人しか死んでくれる人を見つけられていない。つまり、三つ子のうち誰を生かすかを決めねばならない。後に『ソフィーの選択』で描かれることになる、究極の選択(二人の子供を連れた母ソフィーが、ナチスのユダヤ人強制収容所で一人の子を残すことしか許されず、女の子の方を捨てる、という話)です。結局、ガス室のシステムを作ったヒッツ博士(ヒトラー役)と、ヒッツに奉仕するちょび髭の女性ダンカンをその父が撃ち殺し、自分も自殺して、三人分の席を空けたのでした。

私が面白いと思ったのは、このあらすじには登場しない一人の絵描きです。その絵描きは、ヒッツ博士を称える壁画を制作中で、そこにダンカンの顔を描き加えようとしています。壁画には何人かの人物が既に描かれているのですが、ヒッツ博士以外は、みな顔が空白になっています。いわゆる「顔出し看板」のようなものです。そのうち一つをダンカンに選ばせるのです。つまり、この壁画でも「空席を埋める」というシステムになっていることが分かります。

さらにこの絵描きは、ダンカンを絵画にすることで、ダンカンをimmortalize(不死にする)と記述されている、との指摘が学生からありました。絵描きは、空白を埋めるという作業で、人間が永遠に存在する(immortalizeする)ことを可能にする。ならば、絵描きもまた人間を不死にするヒッツ博士と同じことをやっていることになります。

さて、この絵描きは、ウェーリングが自殺した後、同じ銃で自分も死のうとしますが、勇気が出ず、ガス室の電話番号(2BR02B)をダイヤルします。それにしても、なぜ絵描きが自殺ではなくガス室を選ぶ、というオチになっているのでしょうか。

その問いの答えは、以下は絵描きとガス室の受付係(女性)との会話にあると思います――

「どのくらいで予約が取れますか?」と彼は注意深く話しながら尋ねた。
「今日の午後遅くには入れて差し上げられるかと思います」と彼女は言った。「キャンセルが出れば、もっと早くなるかもしれません」
「分かりました」と画家は言った。「よろしければ、入れて下さい」
“How soon could I get an appointment?” he asked, speaking carefully.
“We could probably fit you in late this afternoon, sir,” she said. “It might even be earlier, if we get a cancellation.”
“All right,” said the painter, “fit me in, if you please.”

生まれてくるときには、その分の空席がなければならない、というのがヒッツ博士の作ったルールでした。一方、この絵描きは、死ぬときにも「空席」の順番待ちをしている。つまり、空席を埋める、というこの物語のルールに絵描きも従うことを選んだ。この法則が結末で強調されているのだと思います。

では、だからなんだというのでしょう。おそらく、この悪い冗談のような物語の最大の冗談は、タイトルにあります。2BR02Bは、To be or not to beと読むようで、それは言うまでもなく有名なシェイクスピアのハムレットの台詞です。そしてヴォネガットは、物語が始まって間もなく、ほとんど意味もなく “Never, never, never”と繰り返します。おそらくそれも有名なリア王の台詞を意識しているのでしょう。さらに、ちょび髭の女性はダンカンと呼ばれています。『マクベス』に登場する王の名前です。

『ハムレット』『リア王』『マクベス』。あれ?シェイクスピアの四大悲劇のうち、一つが「空席」になっているではありませんか。『オセロー』の占めるべき席が空いている!ならば、顔ハメ看板のように、そこにヴォネガットのこの作品が入り込む、とうことではないでしょうか。「オセロー」の主人公は有色人種なので、ヴォネガットも人種問題(ナチスのユダヤ人虐殺)を下敷きにした物語を書いて、この物語のルール通り、オセローの空席に自分が入り込んで見せた。ヴォネガットの物語のダンカンは、ヒッツ博士の隣の空白に入れたことをとても喜んでいましたが、ヴォネガット自身もシェイクスピアの四大悲劇の中に入り込んで、きっと笑っていたんでしょうね。

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