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『みんなと同じ』は気持ち悪い

私は昔から『みんなと同じ』がとにかく嫌いだった。たぶん、多くの日本人なら『みんなと同じ』が安心できるのだろうけど、私にはそれが気持ち悪くてたまらなかった。

『みんなと同じ』は、自分が塊の中の一部になること。本来ひとりひとり違うはずの人間が一塊になるなんて、安心どころか不安でしかない。

就活の時はリクルートスーツを着て黒髪を一つに束ねるのが嫌という理由だけで、服装自由のアパレル業界の面接ばかり受けていた。量産型の有象無象に成り下がってたまるか、という感じだった。

とはいえ、個性的で尖ったファッションをしていたかというと、そういうわけでもない。もともと服装にはそこまで興味はないし、大した主張があるわけでもない。

私は出る杭になりたかったのではなく、コンクリートの裂け目からひっそりと力強く生えている一株のタンポポみたいになりたかった。

みんなと一緒でなくても私は大丈夫。誰からも認知されなくたっていい。ただ、私自身が『私だ!』と価値を認めて強く生きていきたい、という想いがある。

最近は昔に比べて多様性が尊重される時代になってきた。とはいえ、声高に主張している時点で、私とは相容れない人も多い。

自分の個性や価値は、他人からの承認は関与しない。そして、他を認めないという排斥じみたことにも私は興味がない。

なんかあーだこーだ言ってるけれど、まだまだ他人の目やら世間体やら気にしてますよ、人並みに。凡人が円滑に社会を生きるためには、ある程度しゃーない。

自分の内だけで、勝手に思ってたらいいだけのことなんだよ。自己満足できたもん勝ち。

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