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1999年、友達の空白地帯で、小松未歩2nd「未来」を繰り返し聴いた

1998年12月のアルバムだから1999年前半に買ったと思います。僕は創作勉強している頃。

時を遡ると、友達は少なかった。
7歳からケア労働しているから、友達と話が合わない。
小学生の頃は3年生くらいで、みんなとそうとう違うと悩んだことがあるけど、母からは「中学まで待て」と言われて「そうかな」と期待しました。

確かに中学になると、話が通じる友達が2,3人現れます。
担任の悪意にさらされ、「三澤を潰せ」とヤンキーが嫌がらせするときは、こうした友人に嫌がらせを「やれ」と踏み絵みたいなことをさせていました。申し訳ないけど、一対一では取り押さえられて「ごめんなさいごめんなさい」と言っているわけだし、僕は担任がクラスで何をしているかを見ていたから、「ヤンキー」「それを操作する(そそのかす、煽る)厚木高校に行きたい幼馴染」の同行を観察するので、忙しいのです。

誰にも邪魔されずに学びたいと願った。ある意味、生活保護で研究室作ったので、夢はかなったのかもしれません。虚しいけれど。

同世代が怖くて、制服を着た10代を避けた時期が数年続きました。
一人、高校に進学しても様子を見に来てくれた友人がいて、彼と数人で中2のア・テストが終わった後に江の島まで行った思い出があります。

友達は少なかった。
創作を学ぶ間、さみしいとは思いませんでした。
けれど小松未歩の2nd「未来」だけは特別でした。
何を言っているか分かる、おおよそ同世代のアーティストのアルバムだから、孤独を慰められたのでしょう。

話すように歌うしコンポーザーも彼女だから世界観を作れるし。

2000年8月にネット開始して10歳上の友人ができました。
2001年秋からbk1で非正規雇用でカスタマーデスクで勤務を始めました。

ZARDも大黒摩季もいるけど、小松未歩が刺さったのは、ポラロイドカメラみたいなもので、理屈抜きで感じたことを切り取って歌にしてくれることが、私には特別なことでした。

坂井泉水も、GARNET CROWの中村由利の歌と作曲、AZUKI七の作詞も、それぞれ好きだけど、創作上手くいかなくて成長したくて模索していた「友達の空白地帯」で、孤独を慰められたのは小松未歩の2nd「未来」だったのです。いろんなアルバムを聴いたけれど、20代前半の私が一番聴いたアルバムかもしれない。

同時代性というか、これを聴いて大人になりました。
応援歌とは感じていなくて、「向こうの机で頑張ってる人」みたいに感じたのではないかな。図書館の自習スペースと似ています。

名探偵コナンから入っていないので、おそらくFMヨコハマなどで聴くか、TVで偶然目にして買ったのだと思う。
この時期、宇徳敬子も聴いていました。2000年に以下が発売されて喜んだの覚えていますから。

自分が成長する時に力を借りた作品は、特別な存在になります。


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三澤直己 | カラストラガラ / Trgr | フォロバ100% ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。

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